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『美人案内講座 ガラスのスニーカー』は、小説ジュニアの昭和56年12月号と次の一月号の前後編二分割で170枚ずつ一挙掲載していただいたワタクシメの出世作です。 文庫本用のつもりで書き下ろしをして持っていったら、これはよろしいから、まず雑誌にと言っていただいて舞い上がりました。 12月号では、本人がモデルとなって内容に準拠したいろんなことをやっているカラーグラビア含め巻頭扱いで、雑誌表紙にも、タイトルなど、いちばんデッカク載せてもらえた。 そんなことは初めてだったのでございます。 昭和56年ということはわたしは22歳。大学四年生。 こいつが書けていなかったら、就職活動をしなきゃならないところでした。 たぶん、これなら、プロの小説家でやっていけるだろう、なんとかなる! と決心することができたのはコレのおかげです。 東京に居残ることを親に了承してもらう口実にもなりましたし。 内容はというと、マジメでお堅い女の子が、とあるでっかい美容院チェーン(山野理容美容学校がイメージ上のモデル)の御曹司と知りあったのをきっかけに美人道に目覚め、お化粧やらおしゃれならのコツを覚えつつ、どんどんキレイにかつハッピーになっていく、というもの。 ガラスのスニーカー、つまり運動靴というタイトルも我ながらうまいもんだと思います(笑)。 ようするに「いまどきのシンデレラ」と言いたかったわけですね。 『プリティウーマン』とか、この手の発想で作るもんはだいたいアタルことになっているんですよ。 松田聖子さんに『ピンクのスニーカー』というDJ番組があってピンクも悪くないけどガラスのほうがもっといいのに……と思ったのがきっかけで いまでもそういうことが時々ありますが(そしてそういう時はいいものになることが多いのですが)タイトルを思いついたとたん、内容が自然とバーッと出てきて書きたくてたまらなくなる、という典型的な体験をしたのでした。 小ジュ読者が、こういうものなら「読みたがるはずだ!」というニーズ計算をしつつかつ自分が書きたいもの書いてて楽しいものが、はじめて私に見つかったわけです。 なにしろ当時の小ジュ読者といったら、「マジメでお堅い」地味な文学少女タイプで、お化粧とかおしゃれとかどうしていいのかわかんない。 でも内心「キレイになりたいな」と思ってない女の子なんていないはず! だったわけです。 おかげさまで、目論見はあたり、多くのご支持をいただき、評判になりました。 のちに出た文庫本(昭和57年5月)も私のそれまでの二冊(『宿なしミウ』と『とってもシンドローム』のミジメな成績をあっちゅーまに凌駕し、たしかこの本で生まれてはじめで「初版」どまりでなく「増刷」してもらえる体験をしたのでした。 |
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ちなみに当時のあっしの売り文句は『ジュニア小説のニュー・ウェーブ』。なにしろ『がらすに』のカバー裏の「好評発売中」トップは富島健夫先生の『少年の欲望』ですから(笑)。 もちろんわたしだけではなく、この月の新刊には他に窪田僚『ミッドサマーウェザー』正本ノン『クレソンサラダをめしあがれ』田中雅美『チェリーなやつら』などなどがあります。 ここにきて、小ジュニアにいっきに世代交代の波が押し寄せたわけですね。 その後『ガラスニ』は谷口亜夢さんというマンガ家さんによってマンガ化され『ラブリーフレンド』昭和58年5〜7月号に掲載、のちに講談社のKCフレンドコミックスにもなりました。 このマンガを見た講談社のとある女性編集者が、新しく創刊する雑誌に毎号エッセイを書かないか? とおっしゃってくださり、あのBe-loveに『やだ! はずかしい』というエッセイ欄をもたせていただきました。すんごい楽しかったですー。 カット担当は、なかよしの藤臣柊子ちゃんに引き受けてもらい、くだんの女性編集者さまとしょっちゅう打ち合わせと称して飲み歩くようになり、六本木のカラオケバーにいりびたったり。 Be-loveの読者ご優待企画のスキー旅行や沖縄旅行に、柊子と小室みっこちゃんと三人で、あるいはノンちゃん(正本ノン)とオーちゃん(大原まり子)と五人で、るんるん出かけていったりもしました。 あいにくと雑誌の編集長さまがかわった時にクビをきられてしまったんですが。 たったひとつの作品が実にいろんなことを引き起こしたわけで。 ひと粒で二度も三度もオイシイ(笑) いいものを書けばそうなるんだなぁ、ということがわかったというか。 プロとしてやっていけるかどうかアヤシイなぁと思っていたときに、背中をポンとおしてくれた上、スケボーに載せてくれて、坂道から突き落としてくれたみたいなそんな作品でしたねぇ。 夢よもう一度と書いた『新・美人案内講座 抱いてアンフィニ』(昭和59年3月)は『ガラスニ』ほどの起爆力はありませんでしたが、書いてて楽しかった作品でした。 読んでくれた小室みっこちゃんが「こんないい作品がひとつかけたら、もう充分だ」と言ってくれたのをこころの宝物にして生きていましたねあのころは(笑) |
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