●『時のかなたの恋人』ジュード・デヴロー著
幾野宏訳、'96/1/1、新潮文庫、781円
粗筋:
 素敵な結婚を夢見るダグレス・モンゴメリーはアメリカの小学校教師、実家は
裕福な家庭なのだが、父親の方針で35歳になるまでは自活しないと行けないのだ。
 しかしなぜか男運の悪いダグレスは、現在もばついちで子持ちの外科医にぞっ
こん。が、相手は娘にかまけてばかり。娘同伴のイギリス婚前旅行の途中とある
田舎の教会を見物してた際むに、ついに切れて喧嘩別れをしてしまう。
 アメリカへ帰る切符も持ち去られてしまったグレゴリーが、悲嘆にくれ泣きじ
ゃくっていたところ、突然昔の甲冑を着た極めつけのハンサムな騎士が現れる。
しかも彼は16世紀の貴族で、無実なのに女王に対する反逆罪で死刑の宣告を受け、
ついさきほどまで牢につながれていたというのだ。
 捨ててはおけないグレゴリーは、見るもの聞くもの全てを奇異に感じる彼と共
に、過去の濡れ衣を晴らすために行動を共にするのだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 上手い!!
 SF界ではこういう話を書かしたらダントツなのがマキャフリイ女史ですが、
この作者はさらにその上を行くうまさです。いわゆるハーレクィン・ロマンスだ
と思うのですが、主人公のドジでお茶目でどんな苦境にあってもめげないという
これぞヤンキーの女の子というキャラは素晴らしいですね(本人は泣き虫で、す
ぐ愚痴をこぼすのですが、その実、行動力はたいしたものなのです)
 タイムトラベルそのものの扱いは、ジョン・ディクスン・カーのタイムスリッ
プ・ミステリー『火よ燃えろ!』と同じく何の説明もされてはいませんが^^;

●「『我が輩は猫である』殺人事件」奥泉光著
'96/1/30、新潮社、2621円
 名作『我が輩は猫である』を下敷きにして、夏目漱石の文体で書かれたミステリ。
粗筋:
 『我が輩は猫である』の最後で麦酒に酔って溺死したはずの猫がなんと上海に
現れた。なんとか上海で野良猫として暮らすうちに偶然苦沙弥先生が殺害された
ことを知る。この事件の真相を究めようと、仲間の猫たちの推理合戦が始まる。
 はたして犯人は迷亭・寒月・東風はたまた独仙なのか。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 漱石の文体で書かれているので、当然旧仮名遣いなんですが、それほど読みにくい
感じはしませんでした。なぜこの毛色の変わったミステリを取り上げたかと言うと、
後半思いもかけない形でSFぽくなってくるのです(普通は、どう考えても漱石とS
Fは結びつきませんよねぇ)
 特に、なぜこの主人公の猫に名前が無かったのか、その真相が明らかになる下りの
推理は素晴らしいです。思わず唸ってしまいました(その重要な仕掛けとして**が使
われているのですが)


●『地球の呼び声』オースン・スコット・カード緒
友枝康子訳、'96/1/31、ハヤカワ文庫SF、680円
<帰郷を待つ星2>

粗筋:
 統治者を失って混乱するバシリカにつけいり、配下に置こうとする将軍ムウズー
に願ってもないチャンスがやってきた。バシリカの警備兵がラーズィヤー夫人の手
紙を携え彼を頼ってやってきたのだ。これでバシリカを訪れる口実ができたのだ。
 バシリカでは、図らずもニャーファイが手にかけたギャーバールーフィクスの娘
たち(ニャーファイの異父姉妹)は、亭主を寝取られたのどうのこうのと大喧嘩を
していた。
 一方、マスターコンピュータ<オーヴァーソウル>の働きかけで、殺人を犯し、
砂漠に逃れたニャーファイとその父親兄弟達は<オーヴァーソウル>からのお告げ
である夢に導かれ、再びバシリカを訪れようとしていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 バシリカを配下におさめようと策略の限りを尽くす将軍ムウズーと、それに対抗
するラーズィヤー夫人の知恵比べが面白いですね。またニャーファイと兄弟達の配
偶者探しのエピソードも面白いです。やはりカード氏は上手いなあ。

●『フラックス』スティーブン・バクスター著
内田昌之訳、'96/1/31、ハヤカワ文庫SF、720円
設定:
 人類とクワックスの闘いが終わって10万年後。強力な磁場を持つ直系20km
の中性子星内部には身長10ミクロンの人類が存在していた。彼らは、文明を保ち
都市で生活する人々と、遊牧民のような生活を選んだアップフラックス人と
に別れて生活していた。
 ちなみに題名の「フラックス」とは磁束のこと。
導入:
 中性子星内部のグリッチという星震現象(かつてなく巨大な)によって親
と住む場所を失ったアップフラックス人の娘デュラは、辛うじて生き残った
弟ファー、古老アーダとともに生存のための旅に出発した・・・

<中性子星に住む人類>
 身体を構成する主成分は錫の原子核。身体の中をエア(中性子ガス)が循
環しエネルギー代謝を行っている。また人類はこの超流体エアによってもの
を見ることができる。そして光子は中性子星内部では自由に動けないので、
人類は光子を匂いとして感じるように設計されている。人間がフラックスに
沿ってウェーヴでき、またフラックスを横切って運動しにくいのは、単に身
体が電気を帯びた磁性体だからなのだ。

独断と偏見のお薦め度☆☆☆☆
 著者得意の、ハードSFの設定の中で繰り広げられる若者の成長談の一編。
新人類の行動や規範、また中性子星内部の都市の経済体制などがありきたり
なのはご愛敬。まあこの設定で、『ソラリス』の生命体のようなのが主人公
だったら、まるでわけわからないですよね(苦笑)
 とにもかくにも、中性子星内部に住む生物を矛盾することなく書き上げた
力量にはただただ脱帽。それを読むだけでも価値ありです。

●『フランケンシュタイン伝説』スティーブン・ジョーンズ編
橋本槇矩・他訳、'96/2/1、ジャスト・システム、2136円
 '94年に英国で出版された『The Mammoth Book of Frankenstein』の中から
選ばれた十二編の作品で構成されたアンソロジー。

収録作品:
「完成した女」ロベルタ・ラネス
「創造主」R・チェットウィンド・ヘイズ
「追放猿人」マンリー・ウェイド・ウェルマン
「パパの怪物」リサ・モートン
「死の幸福論」バジル・コパー
「母の秘密」グレアム・マスタートン
「フランケンシュタイン伝説」エイドリアン・コール
「フランケンシュタインの猟犬」ピーター・トリメイン
「引き波」カール・エドワード・ワグナー
「チャンディラ」ブライアン・ムーニー
「誘惑の手」ポール・J・マッコリー
「理性の眠り」ダニエル・フォックス

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 フランケンシュタイン・ファン必読。
 個人的には泣かせるお話の「追放猿人」がお薦めです。

●『この不思議な地球で』巽隆之編
世紀末SF傑作選、'96/2/22、紀伊國屋書店、2427円

「スキナーの部屋」ウィリアム・ギブスン
「われらが神経チェルノブイリ」ブルース・スターリング
「ロマンチック・ラヴ撲滅記」パット・マーフィー
「存在の大いなる連鎖」マシュー・ディケンズ
「秘技」イアン・クリアーノ&ヒラリー・ウィスナー
「消えた少年たち」オースン・スコット・カード
「きみの話をしてくれないか」F・M・バズビー
「無原罪」ストーム・コンスタンティン
「アチュルの月に」エリザベス・ハント
「火星からのメッセージ」J・G・バラード

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 巽さんの選品は、例によってけっこう癖があるけど、センスの良さは光って
ます。私は、恋愛が未知のウィルスによる病気だったとする「ロマンチック・
ラヴ撲滅記」が面白かったです。けっこうなフェミニズムSFなんですけど、
人を喰った設定が生きてますね。

●『時の旅人』ジャック・フィニイ著
浅倉久志訳、'96/2/29、角川書店、1942円
 遺作でもあり、あの名作『ふりだしに戻る』の25年ぶりの続編。

粗筋:
 奇妙なグループがあった。彼らは現実には存在しなかった過去(あり得たかも知
れない過去)の小さな証拠集めをしていたのだ。二期目をつとめたケネディ大統領
のキャンペーン・ボタンとが、二度目の航海へと出帆するタイタニック号の写真と
かを・・・
 前作で、1880年代に到着しそこに居着いてしまったサイモン・モーリーは、何か
し残したことがあるように感じ、再び二十世紀に立ち戻った。そこで<プロジェク
ト>でのかつての上司に請われて、第一次世界大戦阻止へと向かう羽目に・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 1910年代のニューヨークの描写が素晴らしいですね。後半に出てくる活き活きと
描かれたヴォードヴィルの芸人達!ブラウンやブラッドベリの作品に登場するカー
ニバルに憧れたことのあるオールドファンには、特に推薦します。

●『アフナスの貴石』野尻抱介著
'96/3/25、富士見ファンタジア文庫、544円
クレギオン・シリーズ6
粗筋:
 ロイド、マージ、メイの三人しかいない零細ミリガン運送。今回は社長のロイド
が、ペテンにかけられ、ミリガン運送の唯一の宇宙船アルフェッカ号を売り払って
しまい、マージとメイの二人は路頭に迷う羽目に^^;
 調べてみるとどうも、生きている宝石<アフナスの貴石>にまつわる儲け話に幻
惑されたようだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 相変わらず快調なクレギオン・シリーズ。『サリバン家のお引っ越し』でSFフ
ァンを唸らせた心憎い設定は今回も生きてます。特に**が、小惑星から脱出する方
法たるや・・・
 ハードSFファンにもお薦めできます。

●『眠れ』ヴィクトル・ペレーヴィン著
三浦清美訳、'96/3/30、群像社、1800円
 「ターボリアリズム」の代表的作家と言われる著者の日本初短編集です。
収録作:
第一部 ゴスプランの王子さま
「倉庫XII番の冒険と生涯」
「世捨て人と六本指」
「中央ロシアにおける人間狼の問題」
第二部 眠れ
「眠れ」
「ネパール通信」
「ヴェーラ・パーヴロヴナの九番目の夢」
「青い火影」
「太守張のソ連」
「マルドングたち」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
  一読後、小松先生筒井先生光瀬先生達がSFマガジン上に精力的に作品を発
表されていた当時の日本SF界の熱気を思い出しました。まさにターボですね。
 特に私は、倉庫が自我に目覚めるという意表をつく設定の「倉庫XII番の冒険
と生涯」を読んで、頭がくらくらするくらいの嬉しいショックを受けました。


●『ダミアの子どもたち』アン・マキャフリイ著
公手成幸訳、'96/3/31、ハヤカワ文庫SF、660円
<九星系連盟シリーズ5>
粗筋:
 前作(青い瞳のダミア)で、アフラと結ばれたダミアの子ども達は、イオタ
で同盟関係にある異星人ムルディニと共に暮らしていた。それらは、人類と共
に敵対種族<ハイヴ>と戦う仲間だった。宇宙空間において、共同して<ハイ
ヴ>探索作戦に従事する二つの種族だったが、相互理解の不足からその仲はぎ
くしゃくしたものになりがちであった。
 そんな折り、ダミアの長男ティアンが探査艦隊に参加することになった。果
たして彼は、人類−ムルディニ間の関係を調整し、宿敵<ハイヴ>との闘いに
勝利することが出来るであろうか・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ハーレクィン・ロマンスSFぶりは相変わらずなんですが、今回は友好異星
人ムルディニと敵対種族<ハイヴ>の造形がかなり良かったです。キャラでは、
敵<ハイヴ>の女王にまで、共感してしまうザラがユニークで良かったです。

●『すべてがFになる』森博嗣著
'96/4/5、講談社NOVELS、854円
粗筋:
 十四歳の時、両親殺害の罪に問われ、孤島の研究室に閉じこもりぱなしの天才科
学者真賀田四季博士。教え子の西之園萌絵と共に島にやってきた工学部助教授犀川
は、外界との交信を絶っていた間賀田博士の部屋に入ろうとしていた。が、その瞬
間、手足を切断されウェディングドレス着せられた女の死体が出現する。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 パソコンに詳しい方、もしくはプログラマーの方には大推薦ヽ(^o^)丿
(ということは、パソコンはどうもと言う方には、お薦めできません^^;)
 この論理的な謎解きは、おそらくSFファン向けではないかと思いますが(^^)v
 もちろんミステリとしても一流品です。

●『玩具修理者』小林泰三著
'96/4/25、角川書店、1260円
収録作品
「玩具修理者」第二回日本ホラー小説大賞短篇賞受賞作
 とある街に住み着いた"玩具修理者"。修理代を求めない彼の元に、子ども達は
次々と壊れた玩具を持ち込む。そして、幼い弟を誤って死なせてしまった少女が
"玩具修理者"のことを思い出したとき・・・

「酔歩する男」
 三角関係に耐えられなかった恋人を亡くしてしまった二人の若者は、彼女の復
活を願い、それぞれ医学者と物理学者としての道を歩み始める。物理学者となっ
た男の見いだした恋人復活の手段とは・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ホラーとしての完成度の高いのは、「玩具修理者」なんでしょうけど、SFフ
ァンにお薦めなのは、「酔歩する男」。時間の矢とシュレディンガーの猫と人間
原理を強引に絡ませた時間理論は秀逸です。結末はSFファンにはもの足らない
かも知れませんが、怖さを余韻として残さなくてはいけないホラー小説なので欠
点とは言えないでしょう。
 著者は阪大工学部出身とあって、ハードSFファンにも安心して読めますね。
今年('98年)でいうと、『ブレイン・ヴァレー』や『ループ』あたりの雰囲気と近
いものがあります。


●『永遠なる天空の調』キム・スタンリー・ロビンスン著
内田昌之訳、'96/4/26、創元SF文庫、825円

設定:
 30世紀の天才科学者ホリウェルキンによって、物質の最小粒子単位
<グリント>が発見され、粒子の運動を記述する十次元の方程式が完成
された(この理論によって、我らが宇宙はマックスウェルの悪魔も真っ
青の決定論的宇宙であることが、後々の伏線として生きてくる)
 彼の理論の応用により、太陽系の各所に太陽エネルギーを送ることが
可能になり、様々な惑星や小惑星に人類は植民をしていた。
 そのホリウェルキンが晩年製作した、この世で一台きりの一人でオー
ケストラを演奏できる楽器が<ゴジラ>だ。

 33世紀、<ゴジラ>を用い、ホリウェルキンの方程式を音楽で余す
ことなく表現しようとしたホリウェルキン・オーケストラの9代目マス
ター、ヨハネス・ライトは、太陽系を縦断する初のツアーに出発する。
 音楽によって、森羅万象を表現し、宇宙そのものを聞く人々の心に再
現するのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 音楽で宇宙の総てを表現しようというベイリー氏も真っ青の思いつき
は◎。というと凄いセンス・オヴ・ワンダーに満ち溢れているかという
とそうでもないぞ。それを支える疑似科学理論の嘘っぽさが△。ここら
辺は、やはり『荒れた岸辺』の作者らしく展開が地味(決してベイリー
氏の奇想天外振りを期待してはダメ^^;)
 音楽SFというと真っ先に浮かぶのはカード氏の『ソングマスター』
(短編では「無伴奏ソナタ」)と、ディッシュ氏の『歌の翼』にですが、
それらに勝るとも劣らない傑作音楽SFであることは間違い有りません
ね。日本の作品でも、中井紀夫さんの「山の上の交響楽」とか飛浩隆さ
んの「デュオ」とかの名作があります(最近では、高野史緒さんの『ム
ジカ・マキーナ』や『カント・アンジェリコ』も!)


●『銃、ときどき音楽』ジョナサン・レセム著
浅倉久志訳、'96/4/30、早川書房、2200円
粗筋:
 国家が民衆を管理しやすい羊の群とするためのドラッグが蔓延し、人々は
カルマ・ポイントと呼ばれる点数制によって更に国家に監視されている未来
のサンフランシスコ。
 この世界では質問をすること自体がタブーとなり、質問できるのは検問局
と検問局を辞めた者だけがなれる民間検問士だけであった。
 民間検問士(ま探偵のことですな)のメトカーフは、二週間前まで依頼人
だった男が殺されたために捜査に乗り出すが、<進化動物>の殺し屋カンガ
ルーにつけ狙われる羽目に・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ハードボイルドSFというと、サンリオから出ていたロイド・ビックル・Jr
の『暗黒・・』シリーズとか、創元SF文庫のハリスン『ホーム・ワールド』
『ホイール・ワールド』を思い出しますが、この本はそれらより更に本格派
の装いをまとっていると思います。最後の謎解きもSFファンには、納得の
いくものです。


●『軌道通信』ジョン・バーンズ著
小野田和子訳、'96/4/30、ハヤカワ文庫SF、602円

舞台:
 戦争とミュートエイズなどの猛威により、地球が壊滅的な打撃を受けた
未来。遠日点では火星に、近日点では地球に最接近し、宇宙資源を供給す
る役目を担っていた小惑星改造船<さまよえるオランダ船>があった。
 そこには数千人の乗員が生活していた。地球が当てにならなくなった現
在、その組織管理の失敗は許されないのだ・・・

主人公:
 メルポメールは13歳。地球の壊滅により個人主義が崩壊した後の新し
い価値観を持った感受性の豊かな積極的な女の子。文章を書く才能は皆が
認めるところ。しかしそのため担任の先生に、地球の人達にここの生活を
紹介する本を書かされる羽目に。

導入:
 ある日地球からの転校生がやってくる。その子は数学が抜群にできたが
そのため、いじめっ子の標的になってしまう。メルポメールは親友ともに
彼に親切に接するが、それはまた船内異常事態の兆しでもあった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
  女の子の成長物語(通過儀式)とSFを絡ませた名作というと、まずハ
インラインの『天翔る少女』と、それへのオマージュとして書かれたパン
シンの『成長の儀式』が思い浮かびますね。基本的にはそれらと同質の優
れたジュヴナイルSFなのですが、そこはそれ、現代的なアレンジも加え
られていて楽しめます。甘酸っぱい青春物がお好きな方はぜひどうぞ。
 『星の海のミッキー』とか『ヴァーチャル・ガール』などのファンの方
にもお薦めです。

●『小悪魔アザゼル18の物語』アイザック・アシモフ著
小梨直訳、96/5/1、新潮文庫、544円
 身長2cm、尻尾の長さ1cmの小悪魔が巻き起こすユーモラスな18の事件。
「新潮二センチの悪魔」「一夜の歌声」「ケヴィンの笑顔」「強い者勝ち」
「謎の地響き」「人類を救う男」「主義の問題」「酒は諸悪のもと」「時は金なり」
「雪の中を」「理の当然」「旅の速さは世界一」「見る人が見れば」「天と地と」
「こころのありよう」「青春時代」「ガラテア」「空想飛行」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 アシモフ氏自身とおぼしき主人公が、小悪魔アザゼルを呼び出すことの
できるジョージから聞いた話として紹介されています。アザゼル自身は、
気のいい悪魔で、ジョージの頼み事にも対価を要求したりすることはあり
ませんが、なぜか良かれと思ってやった魔法の結果は、良くて喜劇的か、
悲劇的な結末になるものばかり・・・



●『バーチュオシティ』テリー・ビッソン著
鎌田三平訳、'96/5/15、徳間文庫、563円
映画『バーチュオシティ』のノベライゼーション。
粗筋:
 1999年、警官訓練用に開発されたバーチャル・シュミレーターマシンで訓練中
に事故が起こった。183人の凶悪犯罪者の人格が複合された最強の人格ソフト、
シド6・7が暴走し、一人の警官がショック死したのだ。相棒を死なせた元刑事
のパーカー・バーンズは再び刑務所に戻った。実は、彼はテロリストとの対決の
際に、一般市民を誤殺した罪で服役中の身なのだった。
 一方シド6・7を開発したLETAC(司法警察技術センター)では、プログラムした
ソフトウェア・デザイナーの功名心が仇となり、ナノマシンによって造られたシ
リコンの肉体を得てシドが現実世界へと解き放たれる・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 あの『赤い惑星への航海』の作者手リー・ビッスンによるノベライズ。
 シド6・7を構成する人格の中に、パーカーの奥さんと娘を惨殺したテロリス
トのものも入っているんですね。最強の人格ソフトかつ不死身の肉体という始末
の悪い殺人鬼を相手に、パーカーがどうやって出し抜くかがみものです。
 アクションSFのお好きな方に推薦します。

●『逆転世界』クリストファー・プリースト著
安田均訳、'96/5/24、創元SF文庫、750円
設定:
 <地球市>と呼ばれる外界から閉鎖された都市に住むヘルワード・マンは、
規定の年齢(650マイルの歳)に達したので、ギルドの見習いとして外界へ
出ていくことを許される。彼の暮らしてきた世界は、全長1500フィート、
7層からなる可動式都市だった。そしてその都市は、年に36.5マイル軌道
の上を北進しなければ、そのものの存続に関わる事態が起こりうるというのだ。
見習いとして、都市を維持する軌道敷設・牽引・未来測量・架橋などの各ギル
ドを体験したマンは、不可思議な体験をすると言う南へと向かう任務を与えら
れる。そこで彼が経験する驚天動地の真実とは・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 かつてサンリオ文庫で出ていて、再版が待ち望まれていた大傑作。
 とどまっていると刻一刻と世界の果てが追いついてくるという、異様な世界
観そのものが大きな魅力の一冊です。
 SFはパラダイムの変革を扱った小説だとはよく言われることですが、この
作品ほど認識の変革に真っ正面から取り組んだSFも珍しいでしょうね。


●『虚空のリング(上・下)』スティーヴン・バクスター著
 小木曽絢子訳、'96/5/31、ハヤカワ文庫SF、上下巻各620円
導入:
 エキゾチック物質によるワームホール・テクノロジーによって、遥かな星々
にまでその版図を広げた人類だが、我らが太陽<ソル>をはじめとする主系列恒星
に不思議な異常が発見された。普通ならまだ数十億年以上の寿命があるはずの
太陽は、このままでは数百万年を経ずして赤色巨星化し、銀河全体の恒星が死
滅してしまうというのだ。

設定:
 太陽の異常を監視し、その原因を突き止めるために太陽内部に設置された女
性の人格を持つAIリーゼル。
 500万年後へと繋がる道を作るために、ワームホール・インターフェイス
を運んで、主観時間で千年にも及ぶ亜光速宙行に旅だった宇宙船グレート・ノ
ーザン。
 この二つが出会い、恒星の老化の原因が明らかになった時、彼らに残された
道は、ジーリーの拠点である謎の<リング>へと続く・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 いやはや、これはすごい。これぞハードSFの醍醐味!!
 バリオン物質 vs 暗黒物質という、そもそもの設定も素晴らしいですし、ス
ケールのでかさも特筆もの。リングが何で建造されているかに到っては・・・
よくもまあこんなことを考えつくものです。


●『12モンキーズ』エリザベス・ハント著
野田昌宏訳、'96/5/31、ハヤカワ文庫SF、544円
粗筋:
 21世紀初頭、全世界に蔓延したウィルスのために僅かに生き残った人類は地下
都市での生活を余儀なくされていた。懲役25年の刑に服していたコールは、突然
志願任務で牢から出される。全てが始まったとされる1996年にタイムトラベルし
この悪夢の世界の元になった"12匹の猿軍団"(12 MONKEYS)の正体を突き止める
ために・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ウィルス爆弾により壊滅的打撃をうけた24世紀を描いたサイエンス・ファンタ
ジー『冬長のまつり』の著者によるノベライズ。文化人類学者の学士号を持って
いるだけあって生物学的描写も手慣れたものです。映画ではよく分からなかった
謎の部分もきっちり書き込まれています。映画の方はアクションものという印象
だったのですが、この本の方は主人公の心理の綾などに力点が置かれているので
また違う雰囲気が味わえると思います。

●『裁きの門』マーセデス・ラッキー著
山口みどり訳、'96/5/31、創元推理文庫、728円
 前作『女神の誓い』で名コンビぶりを披露してくれた、剣士タルマと
魔法使いケスリー(+狼族ワール)の新たな冒険談です。
粗筋:
 剣と魔法の学校設立をもくろむ二人にとって願ってもないチャンスが
巡ってきた。前回も登場した顔馴染みの傭兵ジャスティンとアイカンの
紹介で、あの誉れ高い傭兵隊<太陽の鷹>に雇ってもらえるというのだ。
 そうして傭兵隊の斥候隊長になったタルマだが、折りもおり隊長のア
イドゥラが柵を捨ててきた母国の揉め事に巻き込まれ音信不通になって
しまい、二人もその渦中へと・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 いわば血と陵辱と復讐のハーレクィンロマンスといった趣・・・
 女性が書いたファンタジーにしては血生臭く、男性の私としてはちと
辟易してしまいました^^;

●『ジャズ小説』筒井康隆著
'96/6/10、文藝春秋、971円
収録作:
「ニューオリンズの賑わい」「葬送曲」「はかない望み」「ソニー・ロリンズのように」
「ラウンド・ミッドナイト」「懐かしの歌声」「恐怖の代役」「陰謀のかたち」
「チュニジアの上空にて」「ムーチョ・ムーチョ」「ボーナスを押さえろ」「ライオン」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ジャズを素材にした短編小説集。
 初期の頃の筒井さんを思い起こさせる、中年のジャズファンの夫婦の話「ニューオリ
ンズの賑わい」。ジャズ界ならあるかも知れないと変に納得してしまうミュージシャン
とマネージャーの話「ボーナスを押さえろ」。ある日突然にライオンが加わったバンド
の話「ライオン」。どれをとってもジャズファンのみならず、全ての音楽ファンにお薦
めの短編ばかりです。


●『ライアン家の誇り』アン・マキャフリイ著
公手成幸訳、'96/6/15、ハヤカワ文庫SF、796円
《九星系連盟シリーズ》完結編?
発端:
 人類に同盟を申し出てきた友好種族<ムルディニ>。両種族の友好関係を
深めるべく、ダミアの八人の子ども達は、ディニ・ペアと共に育てられてい
た。不倶戴天の敵<ハイヴ>の巨大球体船が発見され、ライアン家の次男ロ
ジャーはその超能力をかわれて、地球の宇宙戦艦に乗り込む、目的は<ハイ
ヴ>の監視のみだ。しかし功にはやるディニの艦長に、テレポーテーション
で爆弾を<ハイヴ>艦に送り込むことを強要され、その命に背いたため彼は
殺されかけ、あまつさえ艦長を止めようとしたディニ・ペアを殺されてしま
う・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 前作あたりから、相互理解が不能な種族<ハイブ>の生態が徐々に明らか
になってくるところは少し読み応えが出てきましたね。。
 また、ライアン家の家族は男も女もハンティングが好きなんですが、ロジ
ャーがディニ・ペアを殺されて、あれだけの精神的トラウマを負ったという
のに、平気で小動物を殺す(食べるためとはいえ)シーンを描き、それがスト
レス解消になっているような描き方をするとは、どうもマキャフリイ女史の
考えはよく分かりません。あのリリカルな『歌う船』の世界は今何処。
 相変わらずのライアン家の麗しき家族愛とその能力(タレント)にものをい
わせた独断専行ぶりを心地よいと思えるかどうかで、この作品の評価は分か
れると思いますが、暇つぶしに絶好の本であることは確かです。

●《星界の紋章シリーズ》森岡浩之著、ハヤカワ文庫JA
『星界の紋章I 帝国の王女』'96/4/15、485円
『星界の紋章II ささやかな戦い』'96/5/15、520円
『星界の紋章III 異郷への帰還』'96/6/15、485円
粗筋:
 惑星マーティンは侵攻してきたアーヴの宇宙艦隊によってあっさり占領されて
しまった。アーヴは遺伝子改造によって宇宙空間に適応した人類の子孫だという。
圧倒的な軍事力の前に全面降伏の道を選んだ惑星政府主席の出した条件は、領主を
自分の惑星から出すというものだった。心ならずも貴族となった新領主の息子ジン
トは爵位を受け継ぐためにアーヴの主計修技館に入学する。
 卒業後、宇宙港で赴任先の戦艦を待つジントのもとに現れたのは一人のアーヴの
美少女だった。彼女の名前はラフィールと言い、皇帝の孫娘にしてアーヴ帝国を継
ぐ資格のある王女でもあった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 これは面白いですよ!SF度という点では若干ものたりないですが、それを補っ
てあまりあるほどキャラが立ってます。一巻目を読まれた方は、すぐさま二巻三巻
と読み進むはずです!主人公を喰ってしまっているラフィールちゃんは当然として
ジント君もなかなかのものです。ここぞと言うときには骨のあるところを見せてド
ラマを盛り上げてくれます。ジント君のポジションとしては、たいして能力がある
とは言えないのに、ラムちゃんの恋人におさまってしまっている"あたる君"の役所
ですね。ということで、かつて『うる星やつら』に入れ込んだオールドSFファン
には特にお薦めします!

●『パール 時のはての物語』川西蘭著
'96/6/20、トレヴィル、1900円
 分類するとすればポストホロコーストものかな。
粗筋:
 数年前に流行した女性だけが選択的に発病し死に至る奇病のため、ほとんど女性
が存在しなくなった世界。そこには、バンク一族と呼ばれる巨大なタワーに暮らし、
保存食しか食べない一族と、<ランド>と呼ばれる地域に住む人々だけが生き残っ
ていた。<ランド>に住むケンとレイも、二人だけで海辺で魚を捕り、街のはずれ
にあるビル(大陸飯店)に住み着いている。
 ある日、川面にみたこともない美しい少女が浮かんでいるのをみたケンは、彼女
を引き上げるが、既に少女は息をしていなかった。しかしその夜、その少女パール
がペットとともに大陸飯店に現れ、保護を求めてきた・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 女性が存在しない世界において、この三人の醸し出す緊張感が良く描かれていま
す。<ランド>のヤンキーグループ?のリーダー(タケル)が、パールを欲しがっ
たため、三人は思いがけない冒険へと誘われるのですが、実は・・・


●『ダモクレス幻想』高井信著
'96/6/20、出版芸術社ふしぎ文学館、1456円
収録作:「ダモクレス幻想」「第二走者」「挫折の果て」「幸福地獄」
「不運の星」「瞳の奥に・・・」「懐中時計」「ロールプレイング・ワイフ」
「折り返し」「至福の時」

表題作は、トイレで用を足していた男が頭上に吊されたひと振りの剣に気づき驚いて
トイレの外に駆け出すが、いつのまにか剣は消えてしまっていた。そしてまた・・・
という展開の、ちょっとシェクリイを思い起こさせるタッチの不条理劇。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 続けて読むと不思議な感覚になってくる短編集です。常に虐められるのは男性な
んです。最初は主人公に感情移入して、ああ可哀相にとか思いながら読んでいるの
ですが、そのうちに、あ、今度はどんなひどい目に遭うのかな、もっと虐めてやれ
とかいう気持ちになってくるから不思議です。

●『海魔の深淵』デイヴッド・メイス著
伊達奎訳、'96/6/28、創元SF文庫、563円
設定:
 最終核戦争の後に撤去されずに残された、究極の海底自動戦闘要塞群が
突然起動し、接近するすべての対象に全面攻撃をしかけるようになってし
まった。このままでは無力されるのは、核燃料の切れる5年後・・・
 さてこの海底要塞<クラック>の無力化工作にかり出されたのが、完成
間もないサイボーグ船<デーモン−4>(歌う船の潜水艦版。と言っても
脳の一部を切除されている)

 これに、大戦後も生き残っている各国政府の思惑と、かり出された民間
人の困惑が絡まってなかなか読ませます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 軍事シュミレーションファンにはお薦めだと思いますが、普通のSFフ
ァンには違和感があるかも知れません。

●『アインシュタイン交点』サミュエル・K・ディレイニー著
伊藤典夫訳、'96/6/30、ハヤカワ文庫SF、524円
 '72年にメリル女史の『SFに何ができるか』で、『アインシュタイン交点』が
絶賛されてから20数年、待望の翻訳。
粗筋:
 遠未来の地球。旧人類はいずこへか消え失せ、人類の代わりに住み着いた異星
生物が、遺伝子実験を繰り返し懸命に人類文明を再建しようとしていたが果たせ
ず、数々の異なった能力を持つフリークスを生み出していた。
 ローピーは、他人の心の中に流れる音楽を聞きそれを演奏できる能力を持った
青年。彼は念動力を持つ美少女と恋に落ちるが、ある時何者かに彼女を殺されて
しまう。復讐の旅に出たローピーは、ドラゴン使い、古代のコンピュータ、海か
ら来た暗殺者たちとの出会いを通して、世界の大いなる秘密を解き明かしていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆もしくは☆☆☆
 翻訳者の伊藤典夫さんが、海外SFノヴェルズの一冊としてこの長編を邦訳す
ることに決まってから19年、やっと翻訳が出ました!
 こんなに長くかかったのは、ひとえにディレイニーの著作の多くが、様々な方
向からの深読みが可能だということだからだそうです(詳しくは、本人の講演<
SF言語論>あたりをお読みいただけると良いかと思います。SFマガジン'96/8月
号所載)よって、評価はどこまで深読みを出来るか、読者の資質が問われること
になるという、考えようによっては困った本ですね。私は3回ほどしか読んでな
いので、大きいことは言えません(汗)もちろん、単なる冒険ものとして読んで
も面白いからよけい困ってしまうのです。
 さて、SFについてのSF(メタSF)の先駆けとなる本書は、60年代から70
年代にかけて世界が大きく変わろうとしていた時代に「この瞬間、この世界で起
こっていることの物語」としても読むことができるようです(私にはまだ理解で
きてませんが)多くの言葉が多義的な意味を持つこの本を読み解く鍵となる言葉
は「黒人、ゲイ、作家」。秋の夜長に読むには絶好の本かも知れませんね。


●『恐竜レッドの生き方』ロバート・T・バッカー著
鴻巣友希子訳'96/7/1、新潮文庫、544円
粗筋:
 映画『ジュラシックパーク』に登場したディノニクス種の大型版ラプラトル
であるユタラプラトルの生き方をヴィヴィッドに描いた一冊。
 体長6m、大きな脳と危険な後ろ足の鈎爪を持ち鼻梁に赤い線の走るユタラプ
ラトルの雌は生涯の夫を亡くし途方にくれていた。パートナー無しでは満足な
猟の出来ない彼女は腐肉を漁って飢えを忍んでいた。ある日懐かしい臭いのす
る姉のユタラプラトルと子ども達に出会い共に暮らし始める・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 あのアーサー・C・クラーク氏が「一億二千万年を遡るヴァーチャル・リア
リティ・トリップをして気分だ」と絶賛した本書は、読む人総てに「恐竜に、
こんなに感情移入できるとは思わなかった」と思わしめるだけの面白さを備え
ていると思います。

●『人格転移の殺人』西澤保彦著
'96/7/5、講談社ノベルズ、816円
粗筋:
 カリフォルニアの田舎で発見された、中に複数の人間が入ると人格の転移が起こ
ってしまうという謎の装置。宇宙人の建造物かと想像され、軍事機密として隠され
ていたが、時代とともに研究施設は取り壊され、その上にハンバーガーショップが
建ってしまった。そのハンバーガーショップに、集まった見知らぬ客たちの間で騒
ぎが持ち上がったとき、突如の大地震により、彼らは装とは知らず人格転移装置の
中に逃げ込んでしまったのだが...。
 そうして起きた殺人事件を解く鍵は・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 次々と人格転移が起きる状況下での殺人事件なので「誰が殺ったか」「動機」に
加えて「誰が本当の被害者だ?」という疑問も出てくる三重の謎をいかに解きほぐ
すかというとこが読みどころ。
 この時点で西澤さんの出したSF的設定のミステリは他には『七回死んだ男』だ
けですが、現在はもっとたくさん出てますね。そう言えば、ミステリも嫌いじゃな
いと言う方、アシモフのロボットものが好きだと言う方は、一度手に取られること
をお薦めします。

●『SFバカ本』大原まり子、岬兄悟編
'96/7/7、ジャストシステム、1845円
収録作:
「スーパー・リーマン」大原まり子
「怒りの搾麺」梶尾真治
「ハッチアウト」斎藤綾子
「恍惚エスパー」高井信
「ジュラシック・ベイビー」中井紀夫
「馬鹿SFは、こうして作られる」火浦功
「吸血Pの伝説」岬兄悟
「個性化教育モデル校」村田基
「哀愁の女主人、情熱の女奴隷」森奈津子

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 これは、バカ話SF選集ですね(横順さんの短編とか、みのりちゃんシリーズと
か、ミイラ男シリーズとかを思い浮かべてもらえば)
 実は、バカSFというと、ベイリー氏ばりのサービス精神旺盛なやつをちょっと
期待してたのですが、それは裏切られました^^;(ちょっと下ネタ関連が多いように
思えるし :-)


『死の姉妹』グリーンバーグ&ハムリー編、
'96/7/30、扶桑社ミステリー、680円
収録作:
「からっぽ」M・ジョン・ハリスン
「吸血獣」ダイアナ・L・バクスン
「マードリン」バーバラ・ハムリー
「ママ」スティーヴ&メラニー・テム
「夜の仲間たち」デボラ・ウィーラー
「再開の夜」ディーン・ウェンズリー・スミス
「貴婦人」タニス・リー
「真夜中の救済者」パット・キャディガン
「受け継いだ血」マイケル・クーランド
「犠牲者」クリスティン・キャスリン・ラッシュ
「マリードと血の臭跡」ジョージ・アレック・エフィンジャー
 ご存じ『重力が衰える時』でお馴染みの《マリード・シリーズ》の短篇。
  勘の良い方は気づかれると思いますが、もちろんモディーがらみのお話です。
  たぶん、いまのところ他では読めません。
「ダークハウス」ニーナ・キリキ・ホフマン
「<夜行人種>の歌」ラリイ・ニーヴン
 《リングワールド・シリーズ》の最新短篇ヽ(^o^)丿
 最近('98/4/30)に出た『リングワールドの玉座』の最初の方のエピソード。
「死の姉妹」ジェイン・ヨーレン

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 吸血鬼ファン必読。コメントを入れたSF作家ものの他では、永遠の若さを保っ
た昔の恋人との別れを描いた「再開の夜」が心にしみました。



●『電撃の守護天使』巌宏士著
'96/7/30、朝日ソノラマ文庫、500円
 第一回ソノラマ文庫大賞佳作作品。

粗筋:
 バウンティ・ハンターのローズは、とある日、テロリストを追跡中
折り悪くもハイジャックに遭遇する。自らの機転と、隣の席の新聞記
者と名乗る男の協力でその危機を切り抜けた彼女は、オートホテルに
チェックインする。しかし、そのホテルで夜明け前に叩き起こされた
彼女は、相手が重い借りのあるミオと知り、手助けを余儀なくされる。
 そして、ミオの連れてきた少女こそ、シンジケートが開発した合成
人間(人型のバイオコンピュータ)だった。そして惑星をも支配する
シンジケートとローズとの死闘が始まった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ノンストップジェットコースター冒険SFといったところで、大い
に楽しませてもらいました。科学的な記述もしっかりしているので、
気を使わずにすむところもまた良いですね。また、二つの衛星とノブ
レッサが衝に入り、その間をぬって追手をかわすーン(フォワード博
士の『ロシュワールド』を思い起こさせますね)などもハードSFファ
ンなら大喜びすること請け合いです。
 山本弘さん、野尻抱介さんに続くヤングアダルト分野のハードSF
作家として期待度大です。

●『パワー・オフ』井上夢人著
'96/7/30、集英社、1800円
粗筋:
 DOSに感染するコンピュータ・ウィルス<おきのどくさまウィルス>が、
自社のパソコンネットのライブラリに仕込まれたため、スタッフ達がハッ
カーを探しだそうとする。そのウィルスは、世界各地を飛び回っているとい
う噂の有名プログラマが作った、新しい圧縮解凍のフリーソフトに仕掛けら
れていたのだ。
 一方、そのプログラマ八木は日本の会社と共同で人工生命(A-LIFE)理論
による、進化するハイパーコンバータ・ソフトを開発中であった。そして、
全世界のパソコンネットワークを揺るがす大事件が勃発する・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 なかなか面白かったです。
 ま、展開そのものはSFとしては喰い足りない面もありますが、一パソコ
ン通信愛好者としては、十分楽しめました。
 ラッカー氏製作のA-LIFEを飼育している身としましても、読ませると思い
ます。もっとその人工生命体そのものの実体に迫って欲しいという気はしま
すが。あまりやると『ヴァレンティーナ』になってしまいますが(笑)

●『星海への跳躍(上・下)』アンダースン&ビースン著
島田洋一訳、'96/7/31、ハヤカワ文庫SF、上下巻共660円
粗筋:
 21世紀、人類の宇宙への足がかりは、月世界基地と、L4にあるフィリピン
のアギナルド、L5にあるアメリカのオービテク1、同じくL5のロシアのキバ
リーチチの各スペース・コロニーだけであった。
 しかし、偶発核戦争の勃発により、地球からの補給が絶たれてしまったのだ。
どうにか自給できるのは、月基地のみ。ロシアのコロニーは、他国との協力を拒
み通信を絶ってしまう。アメリカのコロニーは、効率を第一の信条とする指導者
によって、生産性の悪い人々が粛正されようとしていた。
 そのころフィリピンのコロニーでは、食料に出来る無重量状態で繁殖する遺伝
子的に強化された藻類が開発されていた。この藻を他のコロニーに届けられれば
当面の食料と酸素の心配はなくなる(味は酷いにせよ^^;)が、それを可能にする
航行可能なシャトルは、どこにも存在しなかった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 久しぶりのSFらしいSFです。ハードSFファンにも普通のSFファンにも
お薦めで〜す。きちっと科学常識を押さえて無理がないのが好感がもてますね。
まあ、生化学的には?のところもありますが、ご愛敬でしょう(一種類の藻だけ
食べていて、栄養素不足にならないところとか)



●『ブレードランナー2 レプリカントの墓標』K・W・ジーター著
浅倉久志訳、'96/7/31、早川書房、1748円
粗筋:
 『ブレードランナー』の結末から九ヶ月後(2020年8月)デッカードは、オレゴンの
山奥で、二ヶ月に一度だけ目覚め、そのほかの時間は生命停止状態のレイチェルと
暮らしていた。それだけが、レプリカントであるレイチェルの寿命を引き延ばす唯一
の手段だった。ある日、レイチェルそっくりの女性(タイレル社総帥となったサラ・
タイレル)が現れ、彼のささやかな安息の日々が終焉を告げた。
 あのとき宇宙から地球へ逃亡したレプリカントは実は六人いて、その最後の一人を
探し出して欲しいとの要請であった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の続編というよりは、映画『ブレードラ
ンナー』の直接の続編+ジーター氏の世界ですね。六番目のレプリカントの正体が
ちょっと意外でした。



『カント・アンジェリコ』高野史緒著
'96/8/10、講談社、1748円
 題名のカント・アンジェリコとは、<天使の歌>の意。
粗筋:
 18世紀のヨーロッパ、太陽王ルイ14世の治世下にあるパリ、そこは電灯による照明と
電話ネットワークが発達した世界だった。教皇使節オルランドは、上司であるアレッシ
ーニ枢機卿に電話で呼び出され駆けつけるが、その時にはアレッシーニが歌を歌いなが
ら死ぬ直前であった。しかも口ずさんでいたその歌は、かつて教皇庁に拘束されていた
王が変死した時に、庇護下にあった去勢歌手<カストラート>によってあたわれていた
歌であった。そのカストラートは現在はパリで"イル・アンジェリコ"の名前でモンタン
ジュ劇場に出演中なのだ。
 件のカストラートであるミケーレ・サンガルロは、有能なる電話ハッカーでもあり、
夜な夜な電話回線をハッキングしていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 前作『ムジカ・マキーナ』でクラシックと西洋史に対する博覧強記で読者の度肝を抜
いた著者の二作目。今回も18世紀のヨーロッパが電気技術の黎明期だったとしたらとい
う"if"の世界を構築し、楽しませてくれます。歌そのものがが力を持つというと、カー
ド氏の『ソングマスター』が思い起こせますが、それに劣らぬ傑作ですね。
 音楽ファン、特にオペラファンには大推薦できます。


『ひとりおきの犯人』かんべむさし著
'96/8/20、光文社文庫、544円
収録作:
「署長の名言」「交通公園」「犯人判明・被害者不明」「黄色いトカゲ」「諭吉の旅」「
無人駅の女」「ぞろぞろ道中」「女は一夜で」「銀色列車」「特別社友会議」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 お笑い系短篇と五篇とホラー系短篇五篇が交互に収録された短編集です。
 かんべさんにしか出せない味を持った不思議な世界・・・
 私が一番好きなのは、老人ホーム列車(仮称)の恐るべき実体を描くブラックな
味わいが痛烈な「銀色列車」です。


●『電脳天使』彩院忍著
'96/8/31、ソノラマ文庫、524円
 第一回ソノラマ文庫大賞佳作作品。
粗筋:
 現在は失踪中の伝説化した存在である『創造主』が、 コンピュータネットワーク
内において独自思考を持つ人口知性体=PC(プログラムド・キャラクター)として、
生み出した生島高と篠崎零は、政府機関のデータベースを破壊した謎のPC『麒麟』
の捜査を依頼される。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 サイバースペース(というかネットワーク内の仮想人格ソフトの活躍する世界)を
舞台にしたアクション物というと、真っ先に東野司さんの《ミルキ〜ピア》シリーズ
が思い出されるのですが、この作品もハッカー達に違法プログラミングされた人口知
性体たちが、ネットワークという制約をされた世界の中での活躍をビビッドに描いて
います。《ミルキ〜ピア》と比べると、SFファンというよりはゲームファン向けか
な・・・


『重力の影』ジョン・クレイマー著
小隅黎・小木曽絢子約、'96/8/31、ハヤカワ文庫SF、757円
粗筋:
 ワシントン大学の非常勤助手<ポスドク>であるディヴィッドは、電場や磁場を
ねじ曲げる"ツイスター"フィールドの実験中に奇妙な現象に気が付いた。装置
に漏れはないにも関わらず、高周波をMHzにまで上げると一瞬真空計が下がっ
てしまうのだ。そしてそのフィールドを広げて実験を続けた結果、突然大枚叩
いて揃えた実験装置が忽然と消え失せ、地球のものとは思えない丸く切り取ら
れた樹木の破片が出現した。
 ディヴィッドの指導教授であるアランは、自分の事業が上手く行かず札付き
の企業であるメガリス社から援助を受けていた。そして電話盗聴からディヴィ
ッドの実験が金儲けのネタになると考えたメガリス社のピアスは、手下にディ
ヴィッドの監視を命じた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ワシントン大学の理学部教授である作者が、"超紐理論"と"ダークマター"を
からませて書き上げた多次元ハードSF小説。
 科学者が生き生きと書かれているSFというと、まずベンフォード氏やシェ
フィールド氏を思い出しますが、このクレイマー氏も現役の物理学者だけあっ
て、大学の研究者の日常生活から資金繰りに苦労するところまで、実に読ませ
ます。そしてベンフォード氏ほど陰鬱な感じはなく、比較的楽天的なタッチで
話は進んでいきます。
 ハードSF作家で、しかも活劇が上手いというと、私はシェフィールド氏を
高く評価しているのですが、クレイマー氏はまだそこまでは到達してませんが。

●『蛇を踏む』川上弘美著
'96/9/1、文藝春秋社、971円
収録作
「蛇を踏む」'96年前半期芥川賞受賞作品
 数珠屋の「カナカナ堂」に勤める主人公の若い女性が、通勤途中で蛇を踏んで
しまう。踏まれた蛇は女になって、彼女のアパートで食事を作って待っていた。

「消える」
 ある時から消えるようになった家族の話。消えたと言っても気配は残り、何年
かするとまた現れるので、最近では誰も気にしなくなってきた。

「惜夜記」ショートショート集
 「馬」「カオス」「紳士たち」「ビッグ・クランチ」「ニホンザル」「悲運多
 数死」「泥鰌」「シュレジンガーの猫」「もぐら」「クローニング」「ツカツ
 クリ」「ブラックホール」「象」「アレルギー」「キウイ」「フラクタル」
 「獅子」「アポトーシス」「イモリ」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFファンに縁がないからと言って、芥川賞をバカにしてはいけません。こう
いう作品が選ばれることもあるのですから(笑)かつてミューズが舞い降りたよ
うだと絶賛された文体もさることながら、「惜夜記」所載の題名から分かるとお
り、SFマインドにも溢れた作品集です。「惜夜記」は雰囲気的には星新一さん
の『つねならぬ話』に近いと言えばお分かりいただけると思います。それもその
はず、著者の川上さんはお茶の水女子大の生物学科出身なのです(女性作家には
珍しい理科系!)


『出生率0』大石圭著
'96/9/25、河出書房新社、1553円
 人工的にシーメールとなった少年達を描き話題となった第30回文藝賞佳作の
『履き忘れたもう片方の靴』の作者が描く未来のない人類絵図。
設定:
 1996年6月30日に、人類最後の赤ん坊が生まれてから、二度と再び人類の女性が
出産することはなかった。霊長類を含む他の動物では正常に繁殖が行われているに
もかかわらず。突然なんらかの原因で、人類においてのみ、受精した卵細胞が成長
をやめて死滅してしまうのだった。
 こうして種としての未来が無い21世紀、最後の年に生を受けた数少ない子ども達
を自分の子供と同一視してマスメディアが見守る一方、貧しい国からの人買いも公
然と行われていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 なかなか力量のある作家の方で、数少ない子供達のうちの一人、フィリピンから
買われてきた少女、その少女を買ってきて売る男、突然の徴兵制に反対しデモに参
加する普通のサラリーマンなどのエピソードを交えながら淡々と物語を進めていき
ます。まあ、テーマがテーマですから、暗くなるのは致し方のないところ。暗い話
の嫌いな方には、お薦めできませんが。
 子供が生まれなくなった世界を描いた作品としては、有名どころではブライアン
・W・オールディスの『子供の消えた惑星』、P・D・ジェイムズの『人類の子供
たち』、日本では栗本薫さんの「最後の夏」(『滅びの風』もかな)などがありま
すが、この中で唯一ラストで光明がさすのが『人類の子供たち』だけですね。


『タナトノート−死後の世界への航行』ベルナール・ヴェルベール著
榊原晃三訳、'96/9/25、NHK出版、2524円
あの名作『蟻』の作者が描く死後の世界とは。
粗筋:
 自殺した父親と同じく死後の世界を探索する事に魅入られた国立学術センター
のラウル教授は、フランス大統領の協力を得、人体実験を開始する。
 度重なる失敗の末、とうとう一人の男が死後の世界から戻ることに成功、やが
て死後の世界の地図も着々と仕上がってくる。そして最後の<テリトリー>の向
こうには?

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 キリスト教社会らしい死後の世界観ですかねぇ。死後の世界を自明の理としてこ
の題材を扱ってます。同じ"死"を扱った、重厚で考えさせられる山田正紀さんの『
デッドソルジャーズ・ライヴ』と比べてみるのも一興です。
 割と最近のフランスSFとしては、'93年に新潮文庫から出た『禁断のクローン人
間』(ジャン=ミッシェル・トリュオン著)があります。この本の中で、有名俳優と
か芸能人が、自分が事故(病気)になったときのために、各人が自分のクローンを
作ってそれを飼育させるのをある会社に委託しているという設定になっていて、そ
の管理会社が、有名俳優のクローンを勝手に娼家に貸し出して金儲けをするという
のがありました(肉体を育てるだけで、教育はいっさいしない)で、クローンは、
男と女の間から生まれたものじゃないからって理由で、まったく人間と認められて
いないんです。それを自明の理として誰も疑わない。これなんかも、キリスト教社
会的(フランス的?)な設定ですね。まあ、最後にはクローンにも知性があると認
められるのですが。
 しかしこの長さはなんとかならないかぁ。


『ハッカーと蟻』ルーディ・ラッカー著
大森望訳、'96/9/30、ハヤカワ文庫SF、699円
粗筋:
 シリコンバレーの企業で、AI搭載の家事手伝いロボットのプログラミング
を開発中のジャージー氏。彼の仕事は、人工生命技術を応用し、プログラムの
様々なバージョンをヴァーチャル上で競争させ、ロボットのアルゴリズムを進
化させることだ。ある日サイバースペースで変な蟻を見たときから彼の運命が
狂い始める。その増殖し進化するサイバー蟻が、彼の物理的ボディを持つ試作
ロボットを乗っ取り、世界をおおう光ファイバー網から様々な電脳チップに侵
入してしまったのだ・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ラッカー氏の作品にしては読みやすいプロットです。よって、ぶっ飛びさ加
減も多少ひかえめかも。
 大森さんの訳文はこなれていて、例によってサービス精神たっぷりで読みや
すいです。
  とくに「7 狂乱ハッキング修羅場」は、プロ(SEとかプログラマの方々)
が身につまされると好評でした。


『ナイチンゲールは夜に歌う』ジョン・クロウリー著
浅倉久志訳、'96/9/30、早川書房、1942円
収録作:
「ナイチンゲールは夜に歌う」
 ファンタジー色の強い天地創造譚。ちょっと雰囲気はトマス・バーネット・
スワンに似ているかも。
「時の偉業」幻想文学大賞ノヴェラ部門賞受賞
 究極の歴史改変ファンタジー。この分野での最近の収穫は『ブレイクの飛翔』
だろうけど、緻密さではこちらの方が上。ハイ・ファンタジーがお好きな方には
お薦め。
「青衣」
 "行動場理論"によって完全な未来予測が可能になった世界を描くディストピア
小説。私には、ちょっと分かりにくかった^^;
「ノヴェルティ」
 小説家の創造の物語。
 この作家の言う"新奇なもの novelty"と"堅実なもの security"の対立が、この
短編集の統一テーマであるというのは、理解できますね。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFはまず文学であらねばならないという文学派SFファンにお薦め(純SFじゃない
けど)。筒井康隆さんとかのファンにもお薦めできます。


『蒲生邸事件』宮部みゆき著
'96/10/10、毎日新聞社、1650円
 宮部みゆきさんお得意の超能力者ものミステリ。今回はタイムトラベル(時間
旅行者)がテーマ。
粗筋:
 受験に失敗した浪人生、尾崎孝史は、父親が取引先から紹介された古めかしい
ホテルにチェックインする。そのホテルは、二・二六事件当日に、驚くほど正確
な未来予想と、軍国主義化への警鐘を書き残して自決した元陸軍大将<蒲生憲之>
邸のあった場所に建っていたことを、ホテルのロビーにあった写真から知った。
 そして孝史は、ホテルで存在そのものが"暗い"宿泊客、平井がホテルの非常階
段から忽然と消え失せるのを目撃した。その後、泊まっていたホテルの火災から
平井のタイムトラベルの能力で救い出された孝史は、自分が昭和11年の二・二六
事件直前の蒲生邸に到着したことを知る。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 超能力を持ち込んだミステリを書かせたら絶品の宮部さん。この本も、孝史の
精神的成長を縦糸に、時間旅行の能力を持った人物の苦悩と悩みを横糸に、華麗
な筆さばきで楽しませてくれます。主人公の孝史くんは、ちと頼りないのですが
暗〜い"平井"氏と蒲生邸のお手伝いさん"ふき"等魅力的な人物造形が光ります。
 SFプロパーの作品ではないので、タイムパトロール的な存在は出てきませんが、
大きな歴史の流れは変えられないと悟った時間旅行者の諦観みたいなものが特に
印象に残りました。


『ゴールド―黄金―』アイザック・アシモフ著
島田洋一・他訳、'96/10/15、早川書房、2136円。
 原著(1995年刊)の副題が“The Final Science Fiction Collection”。
「巨匠最後のSF作品集」
第一部:最後の物語
「キャル」やヒューゴー賞受賞短編「ゴールド」他
第二部:サイエンス・フィクションについて
第三部:SF小説作法
 アンソロジーに寄せられていた前書き、エディトリアルなどからひっぱって
きたエッセイなどからなる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
『ゴールド』の後書きにも書いてありますけど、SFを読み進むうちにオーバー
ドーズ(過剰投与)の状態になって、あまりにまっとうなアシモフ氏のSFは物
足りなく思えてくるらしいですね。
  それで少々破綻はあっても過激なベイリー氏とかラッカー氏に走ってしまう。


『白銀の聖域』マイケル・ムアコック著
中村融訳、'96/10/18、創元推理文庫、612円
粗筋:
 果てしなく広がる銀世界、氷上を滑走する何世代も経た帆船、咆哮する陸鯨の
群、巨大なクレヴァスの内部の都。人はそこで生まれ、そこで人生を過ごす。
 仕事にあぶれた元氷上船の船長アルフレーンは、大氷原をスキーで踏破する無
謀な旅に出かけた。その旅の途中、アルフレーンは、たった一人で死にかけてい
た老貴族を助ける。老貴族は船団を率い、氷が溶け始めているという噂の真贋を
確かめる旅に出ていたのだった。そして伝説の<氷の母>が住まうという幻の都
市に到達したというのだ。
 その都市の名はニューヨーク!

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 なんたってムアコックです。
 『エルリック』への脱皮をはかる初期の傑作(かなぁ?)


『ヴォル・ゲーム』ロイス・マクマスター・ビジョルド著
小木曽絢子訳、'96/10/25、創元SF文庫、854円
 1991年度ヒューゴー受賞作!
粗筋:
 身体的ハンディキャップにも関わらず、どうにか士官学校を卒業したマイルズ
少尉。配属先はどこかと胸を高鳴らせるが、なんと極寒の孤島の気象観測基地!
 いままでさんざん問題を起こしてきたマイルズが、この任地で六ヶ月間うまく
やっていくことができれば、最新鋭の宇宙艦への転属要求を認可するのも吝かで
ないとのこと。
 覚悟を決めたマイルズ少尉が乗り込んでみると、そこは・・・・
(ま、行くところ常に波乱が巻き起こる我らがマイルズ少尉=ネイスミス提督)

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 私の大好きなマイルズ・ヴォルコシガン・シリーズです。
 いままで邦訳されたマイルズ・シリーズを主人公の年齢順に並べると
『戦士志願』→『喪の山』(「無限の境界」収録)→『ヴォル・ゲーム』→
『無限の境界』→『親愛なるクローン』
 最近気が付いたんですけど、このシリーズは時代劇で言うと「暴れん坊将軍」
とかの範疇かしら?


『さよならダイノサウルス』ロバート・J・ソウヤー著
内田昌之訳、'96/10/31、ハヤカワ文庫SF、621円
粗筋:
 時間旅行が実現されようとしている未来。時間旅行はその遡る時間に逆比例
してエネルギーが必要とされるため、考古学的過去へのジャンプが辛うじて実
用的といえた。そこで、なぜ恐竜が滅んだかを解明するため、最も新しい恐竜
の化石が発見された場所を出発点として、6500万年過去:白亜紀末期に二人の
科学者が赴むくことになった。
 だか着いた早々恐竜に寄生していたゼリー状の生命体が二人の体内に侵入し
てきた。それはほどなく出ていき恐竜に戻り、その恐竜は英語を話すようにな
っていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ブラウンの恐竜絶滅の謎解き(タイムマシンでやってきた未来のハンターが
恐竜狩りをした)に匹敵する面白さ。
  ソウヤー氏は、筆力・科学考証・アイデアがほどよくバランスしているので
読みやすいですね。
 本書で明らかにされる驚天動地の謎としては、
恐竜の絶滅の謎
恐竜の巨大化の謎
白亜紀と第三紀の境界にイリジウムの豊富な地層がある謎
 等が上げられます。

『つぎの岩につづく』R・A・ラファティ著
伊藤典夫/浅倉久志訳、'96/10/31、ハヤカワ文庫SF、680円
収録作品:
「レインバード」「クロコダイルとアリゲーターよ、クレム」「つぎの岩につづく」
「むかしアラネアで」「テキサス州ソドムとゴモラ」「金の斑入りの目をもつ男」
「問答無用」「超絶の虎」「豊穣世界」「夢」「ブリキ缶に乗って」「アロイス」
「完全無欠な貴橄欖石」「太古の殻にくるまれて」「みにくい海」「断崖が笑った」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 SF界のほら吹きオジサンことラファティ氏の短編集です。
 長編はちょっと癖のある作風で、どなたにも薦められるというわけではありません
が短編はSF本来のホラ話としての面白さが横溢してます。
 私は惑星探検隊を題材にした「豊穣世界」が一番面白かったかな。





『細菌ハックの冒険』マーク・トウェイン著
有馬容子訳、'96/11/1、彩流社、2200円
マーク・トウェイン コレクション9、本邦初訳
粗筋:
 魔術師の失敗によってコレラ菌にされてしまった著者とおぼしきハックスレ
イが、知り合いの浮浪者の体の中に入り込んでしまう(感染した^^;)お話。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 名作『アーサー王宮廷のヤンキー』に続く、ちょっとだけSF的味わいの
ある作品です。
 本質的には『ガリバー旅行記』などと同じく文明批評譚になるのかも。
 ラストの部分で、主人公のハックは、浮浪者の虫歯に到達し、その穴の底に
詰めてあった金を見つけ欣喜雀躍するという、私向けの結末(歯科医ですから)

『惑星カレスの魔女』ジェイムズ・H・シュミッツ著
鎌田三平訳、'96/11/22、創元SF文庫、709円
 昔、新潮文庫から出ていたものの再版。
 表紙は、当然魔女と来ればこの人、宮崎駿さん
粗筋:
 商業宇宙船の船長パウサートは、婚約者の父親の覚えをめでたくしよう
と、帝国の首都にでかけてきた。目的は、その上院議員の不良在庫を売り
払い利益を上げて戻ること。順調に屑荷物を帝国市民に売りつけ、最後に
帰り道で惑星ポーラマへ医薬品を運搬する仕事にありついた。これで借金
を返してさらにおつりも来る。うきうきした気分で夜道を歩いていると突
然「イャーッ!」という少女の悲鳴が・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ま、題名からして当然の事ながら彼女が三人のカレスの少女の一人だっ
たんですが。
 このカレス星というのが帝国では禁断の惑星なわけでして、船長は少女
達を故郷に送り届けるにも苦心惨憺します(ま、自分たちの惑星が危うく
なると力を合わせて別な座標軸に移動させちまうというのだから)
 こうして否応なくカレスと命運をともにするようになった船長の運命や
如何という展開で文句無く楽しめます。




『大暴風(上・下)』ジョン・バーンズ著
中原尚哉訳、'96/11/30、ハヤカワ文庫SF、上下巻各720円
粗筋:
 2028年、世界を管理下に置く国連は、シベリア連邦が所有する北極海の
海底に存在する戦術核を協定違反だとしてミサイル攻撃し、これを撃破し
た。しかしこのために、氷に閉じこめられていた膨大なメタンガスが大気
中に放出され、温室効果によって史上最大級のハリケーンが発生する。
 しかもこのハリケーンは、次々に子ハリケーンを産みだし、それらが総
て成長し人類に大打撃をあたえると予測された・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 巨大ハリケーンを扱ったSFは、あるようであまり無いですね。バラー
ドの『狂風世界』とかボーヴァの『天候改造オペレーション』くらい。
 実はこの本も超巨大ハリケーンを扱っていますが、本当に著者が書きた
かったのは、世界的な災害危機に接したとき、VXネット(個人の体験=
五感がそのまま伝達できるInternetのようなもの)が何が出来るかと言う
ことであるような気がします。
 本書には、様々な登場人物が出てきますが、その意味で本当の主人公は
人気VX女優(AV女優のようなもの)のシンシであるのかも知れません
ね。でも、なんか人物設定に懲りすぎているような感があります。特にレ
イプされた娘の復讐に燃えるランディなんて、全くよけいなキャラクタの
ような気がしないでもありません。

『デッドソルジャーズ・ライヴ』山田正紀著
'96/11/30、ハヤカワ書房、1748円
粗筋:
 人類の存在しなくなった遙かな未来、広大な湿地帯に千億・一兆ものヒゲ根
を張り巡らしたマングローブ林。その根から水流と共にナノマシンを吸い込む
ことによって巨大な"脳"を形成していた。そこに生息するカニたちもまたナノ
マシンを摂取進化し、"脳"に対しての"稼働・情報末端装置"として"バイタル・
マシン・システム"を形成している。そしてそこは、種類の違うカニ同士が争う
戦場であった。
 カニたちの生死識別センサーには漠然と"意識"と呼べるものがたゆたってい
た。そしてその"意識"には常にノイズが紛れ込んでくる。44の意識に、"29"や
"26"の意識が紛れ込んでくるのだ。
 別の時代。29歳の医師である"ぼく"は、自己免疫病で脳死状態の人妻に恋を
している。ある時彼女の夫が、臓器移植を進める団体<慈悲死協会>の人間を連
れてやって来た。彼女の生死を"意識共鳴スペクトローラー"によって判定しよ
うというのだ。
 大学でエロティシズムを研究する"ぼく"は、ある時「這う女」というボンデ
ージに拘束された女が這い続けるビデオに魂を奪われる。しかもその女と寝た
男は必ず近日中に死ぬというのだ・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 山田正紀さんの描く<死>と<セックス>がテーマの意欲作。
 脳死状態にある"当人"に「あなたは死んでいるのか、死んでいないのか」と
問いかけることによって生死の判定をする"意識共鳴スペクトローラー"とか、
魅力的なガジェットも持ち出し、人間の性と死を、SFサイドから見事に描いて
います。山田正紀さんの『神狩り』『エイダ』などの一連の作品のファン、SF
は面白いだけじゃ物足りないというSFファンには特にお薦め。
 しかし、山田正紀さんは最近"セックス"がモチーフな作品が多いですね。ミ
ステリの『女囮捜査官シリーズ』や、ちょっと古いですが、ジュヴナイルの『
電脳少女』なんかもそうですし。《デューン・シリーズ》の終わりの方にも、
セックスを武器に男を支配する種族が出てきましたね。そうかと思うと、故福
島正実さんのように、作品の中で主人公に「セックスってそんなに良いものか
ぁ?」て呟かせている方もいらっしゃいますし。


『遺跡の声』−宇宙SF傑作選2−、堀晃著
'96/12/6、発行:アスキー、発売:アスペクト、980円
 雑誌掲載後、長らく店晒しになっていた堀晃さんの《宇宙遺跡調査員》シリーズ
(トリニティ・シリーズ)が短編集としてまとめれました。
 収録作は、
「太陽風交点」  SFマガジン       '77/3
「塩の指」    SFマガジン       '79/12
「救助隊II」   SFアドベンチャー '83/7
「沈黙の波動」  SFアドベンチャー '80/7
「密の底」    奇想天外           '77/12
「流砂都市」   SFアドベンチャー '85/8
「ペルセウスの指」歴史読本増刊       '81/12
「遺跡の声」   SFマガジン       '79/12

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ☆半分引いたのは、新作がないからですが、ハードSFファンには待望久しい短編集
ではないでしょうか・
  「太陽風交点」と「遺跡の声」は早川から出ていた『太陽風交点』に、「塩の底」
は『梅田地下オデッセイ』にも収録されていましたが、星雲賞受賞のハードSF短篇
がまた読めるようになったことは、まことに喜ばしいことですv(^^)v(^^)


『BS6005に何が起こったか』−宇宙SF傑作選1−、小松左京著
'96/12/6、発行:アスキー、発売:アスペクト、980円
収録作品は、
「歩み去る」                    野生時代               '78/5
「人類裁判」                    話の特集               '67/10
「BS6005に何が起こったか」SFマガジン           '71/2
「神への長い道」                SFマガジン臨時増刊号 '67/10
「あなろぐ・らう゛」            野生時代               '67/6

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 小松先生の短篇は、宇宙SFというより宇宙論SF、人類SFと言った方
が適切かも知れませんね。文句無しのお薦めです。


『星界の戦旗1−絆のかたち』森岡浩之著
'96/12/15、ハヤカワ文庫JA、505円
新時代スペオペとして、大好評だった《星界の紋章》続編
粗筋:
 前作では、見習士官だったラフィールが突撃艦の艦長となり、ジントは、同
じ艦の主計士官となりました。
 今回は、アーヴによるアプティック星系への進行と、巻き返しを計る<人類
統合体>との闘いを描きます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 まだ序の口といったところ。前三作の面白さには及ばないものの、これから
どんどん面白くなりそうな予感が・・・


『緑の少女(上・下)』エイミー・トムソン著
田中一江訳、'96/12/15、ハヤカワ文庫SF、上下巻各660円
粗筋:
 とある惑星探査に出かけ遭難し、たった一人生き残ったジェナが目覚めて
みると、頭髪は消え去り、鉤爪が生え、肌がオレンジ色に変わっていた。
 この惑星に住む異星種族の長老が、彼女の身体をここで生きられるように
改造したのだ・・・
 この種族の普段のコミュニケーションは、体表の色を変化させ様々な紋様
で行う。また相手の感情をより深く理解しようとするときには、手首の針を
使った精神交流を行うのだ。だんだん彼らの風習を理解しようとするジェナ
だったが、文化の違いには驚かされることばかりであった・・・


独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 前作『ヴァーチャル・ガール』で多くの心優しきSFファンの紅涙(男は
言わないか)をしぼった著者が送る、心温まる文化人類学的SFです。
 この異星種族テンドゥは、外観風習は人類と大いに異なるが、そのメンタ
リティはほとんど人間と同じ。まあそれが読みやすさに繋がっているのです
が。
異星人としてのわけわか度比較:番号が大きいほどメンタリティが異なる
1,『重力の使命』のメスクリン人『龍の卵』のチーラ→2,『緑の少女』のテ
ンドゥ→3,『ゼノサイド』のピギー→4,『ソラリスの海』の海


『Xのアーチ』スティーヴ・エリクソン著
柴田元幸訳、'96/12/18、集英社、2427円
 マルケス、ピンチョンの直系と目され、マジック・リアリズム作家として
現代アメリカ文学界に屹立するエリクソンの最高傑作。

粗筋というかなんというか:
  トマス・ジェファーソンとその黒人奴隷のサリー・ヘミングスとの愛と自
由の物語。トマスに連れてこられた革命下のパリで、彼女は自由な人間とし
てパリに留まるか、奴隷としてジェファソンとともに帰米するか迫られる。
 この二つの相反する選択の瞬間、自由と愛と二つの弧が一つの点で交わり
ます(これが"Xのアーチ"の由来)
 エリクソンは、自由と愛とが一個人の中では決して融合しないことを描き
たいようですね。
 それとは別に、時に埋もれたとある場所で、殺人容疑者としてのサリーと
協会の公文書庫で働くエッチャーとの不可思議な愛。また1999年の世紀末、
ベルリンにやってきたエリクソンと闇の女の物語が錯綜し、お互いに影響し
あって結末へとなだれ込みます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 やはりSFファンには読みやすいとは言いがたいなあ :-)
 SFの要素を薄めたディックといった感じを受けました。
 ル・グィンとかケイト・ウィルヘルムあたりのファンの方にはお薦め。


『やがてヒトに与えられた時が満ちて・・・・』池澤夏樹著
Photo:普後均、'96/12/20、河出書房新社、2000円
 帯に「GAME OVER われわれは何を失ったのだろう 写真と小説の
コラボレーションで描く都市と人類の行方」とあります。
粗筋:
 地球においてだんだん子供が産まれなくなった未来。まだ子供を産む能力
を持った人々30万人が地球から隔離される形で、ここラグランジェ植民衛
星都市に移住した。その後数十年後には地球からの連絡も途絶えてしまった。
 それから200年後、CPUネットワークによって運営管理されるこの衛
星で、肥満対策として公園を散策していた私は、地球にあったと言われる太
陽による影を再現しようとしているグループに出会う。
 彼ら追憶主義グループはも自分の暮らす安定さのものの社会に疑問を抱き
グレート・ハザード以前の文明を学ぼうとしていたのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 種としての人間の行方を問う問題作。かつての小松左京氏の諸作品に通ず
る問題意識が見受けられます。70年代の日本SFがリファインされた感じ
で懐かしいです。


『天使は結果オーライ』野尻抱介著
'96/12/25、富士見ファンタジア文庫、583円
 好評を博した前作『ロケットガール』第二弾
粗筋:
 体重の軽い可愛い女子高生をパイロットにすることでロケット全体の
重量を減らし、競争力抜群の存在になったソロモン宇宙協会。目下の最
大の悩みはパイロット不足。今回も、とあるミッションがトラブルに遭
遇し、降下した場所がなんと初代パイロットの森田ゆかり嬢のかつての
母校であった。
 なんとここで、三人目のパイロットをゲットするのであるが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 相変わらず楽しめる野尻節。ナンセンスなようでいて、その実納得さ
せられる科学考証がされているのでハードSFファンも安心して読めます。
 願わくば、こういう優れたヤングアダルト向け小説から、本格SFも読
むようになる若い読者の多からんことを・・・


『無慈悲な夜の女王に捧げる賛歌』鎌田秀美著
'96/12/27、アスペクト、2000円
 題名からもわかるようにハインラインへのオマージュです。当然舞台は
月世界です。
粗筋:
 ニュー・メトロポリタン歌劇場で爆弾テロ事件が勃発し、同時に八年前
の教皇暗殺未遂事件の再調査案を連邦議会に出し続けているウィンストン
伯が誘拐された。
 捜査を開始した保安警察のアレック・テオ警部補は、かつては貧民窟の
出身ながら将来を嘱望されたピアニストだったのだが、この暗殺未遂事件
(これも爆弾テロ)によって大火傷を負い、現在は偽膚<フェイクスキン>によって
修復はされてはいるものの、異様な顔に生まれ変わっていた。そして彼は
自分の後見人と実の弟を殺された復讐を果たそうと警察に入ったのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 お話自体はハードボイルドタッチでスピーディで面白く、飽きさせません
(まあ大沢在昌さんの一連の作品には及びませんが)
 しかし、舞台を月世界にした必然性がほとんど感じられないのが惜しいと
言えば惜しいですね(SFにする必然性はあると思いますが)。月にある多
層構造のドーム世界という設定はは生かし切ってないものの、カースト制さ
ながらの階級制度と中世ヨーロッパを思わせる世界像は、上手く消化出来て
いると思います。
 かなり力量のある人とお見受けしたので、これからも注目したいです。


『うつろな男』ダン・シモンズ著
内田昌之訳、'96/12/30、扶桑社、1748円
粗筋:
 ジェレミー・ブレーメンは、三十五歳の数学者であり、またテレパスでもあった。
と言ってもその能力は彼にとって、意識して精神シールドを作らないと他人の「精
神のおしゃべり」が聞こえてくるやっかいな能力でしかなかった。しかし九年前に
同じテレパスの妻のゲイルと出会ってからは、二人で居ると他人の思考に邪魔をさ
れることが少なくなり、かわりに二人はテレパス能力を通じて誰よりも深く理解し、
愛し合うようになっていた。
 しかし最愛の妻ゲイルは脳腫瘍に侵され明日をも知れぬ命となってしまう。彼女
が息を引き取る瞬間、ジェレミーは百キロ以上離れた海岸にいてそれを感知した。
そして絶望の底に沈む彼を、再び多くの人々の思考が悩ませ始めた。耐えきれなく
なった彼は、発作的に家に火をつけ、旅に出発する・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 テレパス同士の恋愛物かと思えばさにあらず、精神構造のホログラム解析とカオ
ス理論をくっ付けて、パラレルワールドをひねり出す大業。やはりシモンズさんは
一筋縄ではいかないわぁ。



『大いなる旅立ち(上・下)]』デイヴィッド・ファインタック著
野田昌宏訳、'96/12/31、ハヤカワ文庫SF、各巻680円
粗筋:
 2194年、N波駆動の国連所属の宇宙軍軍艦<ハイバーニア>は、惑星ホープ・
ネーションに向け地球を飛びたった。それに乗り組んでいた17歳の士官候補生の
シーフォートにとっては、最初の航天であるとともに、先任士官候補生として他
の士官候補生を統率する立場にあった。
 だが順調に進むと思えた航天も、通常空間で行う最初の航法チェックポイント
でトラブルが発生し、艦長が死亡してしまう。はてさて、暗雲漂う初航天をシー
フォートは上手く乗り切れるのであろうか・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 主人公は規則一点張りの石部金吉で、脇役陣もおよそ類型的なパターン。でも
ってストーリー展開がこれまた極めつけのご都合主義ときている。しかるにこれ
がすごく面白いから不思議なんだなあ。これは著者にストーリーテリングの才能が
溢れているに違いない。ここまであっけらかんとやられると、これはもう立派な
ユーモアSFなのかも知れませんね。
 これを読んで、やはり私も英国海軍を描いた《ホーンブロワー》を思い浮かべ
ました。



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