『ハルモニア』篠田節子著
'98/1/1、マガジンハウス社、1800円
堂本光一と中谷美紀の主演でTV化され話題になったドラマの原作。
粗筋:
 中堅チェリストの東野は、精神障害者のための社会復帰施設「泉の里」
に勤める深谷から、入所者に音楽療法の補助としてチェロを教えて欲しい
と懇願される。気が進まないながらも引き受けた東野であるが、その入所
者、他人との意志の疎通が不可能な由希が、類い希な音楽に対する才能を
持っていることに愕然とし、その才能を引き出すことに全力を挙げて取り
組むようになった。しかし、由希の才能を顕在化させることは、同時に由
希の持つ別の<力>を開花させることにつながっていたのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 冒頭に描かれた異様なラストシーンに向かって、由希の音楽の才能を開
花させるために、狂おしいほどのひたむきさで自分の全てを捧げる東野の
心情がなんとも切ないですね。いまがかつてこれほどまで感動的な音楽SF
があったでしょうか。
 自閉症(由希は違いますけど)の子供を描いた『時の果てのフェブラリー』
とか『夢の樹が接げたなら』につづく、コミュニケーション不能(という
とソラリスもかも)を超えていく感動が味わえます。むやみにお涙ちょう
だいにならないところがまた良かった。音楽SFとしても素晴らしい出来映
えです。飛さんの短編「デュオ」と並ぶくらい良いかな。『ソングマスタ
ー』『歌を翼に』『永遠なる天空の調』などの音楽SFがお好きな方は、必
読!また広く一般の人にもお薦めですます(もともとSFとはどこにも謳っ
てないのですけどね)


『幻惑密室 神麻嗣子の超能力事件簿』西澤保彦著
'98/1/7、講談社ノベルス、780円
粗筋:
 ワンマン社長の新年会に呼ばれた四人。うだつの上がらない若手男社員二人と、
社長の愛人との噂が高い女子社員二人、いったいどういう基準で彼らは選ばれたの
だろうか。お互いの思惑が交錯するなか、彼らはどうやっても社長宅から外に出ら
れないことに気づく。玄関から出ようとすると何故か廻れ右をして中に帰ってきて
しまうのだ。折りもおり、社長が絞殺されてしまう。いったい犯人は誰なのか?

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 超能力者問題秘密対策委員会(略してチョーモンイン)の大ボケだが可愛らしい
出張相談員見習い:神麻嗣子と、バツイチの作家:保科匡緒、美貌の女性警部:能
解匡緒の活躍する超能力ミステリ。同じメンバーの登場する短編も既に雑誌に発表
されているそうです。
 ハイパーヒプノティズムにより、主観的時間の延長された密室殺人の謎解きがS
Fファンには楽しいですね。とくに動機が明らかになる下りが面白かったです。
 ただその超能力そのものの設定がちょっとややこしくて損してます。『七回死ん
だ男』とか『瞬間移動死体』のように、大前提の超能力はシンプルな方が読みやす
く思いました。


『ラヴ・フリーク』井上雅彦編
'98/1/15、廣済堂文庫、762円
 月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集です。
収録作家:
中井紀夫、加門七海、早見裕司、朝松健、森沙子、田中文雄、倉坂鬼一郎
井上雅彦、奥田哲也、竹河聖、友成純一、久美沙織、高井信、岡崎弘明
飯野文彦、矢崎在美、津原泰水、皆川博子、菊地秀行

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2(一般向け評価だと☆☆☆☆)
 意欲的な全作品が書き下ろしの短編集です。SFファンとしては、ちと趣向
が違うような気もしますが、こういうアンソロジーが出るということは、そ
の分野が活気があるという証拠でもありますね。
 SFファンには、中井さんの「テレパス」、ほのぼのした岡崎さんの「太陽
に恋する布団たち」、高井信さんの「加害妄想」、友成さんの「アドレス不
明」あたりがお薦めかな。
 編集序文や各ショートショートにつく序文にも力が入ってます。この井上
さんの試みをみんなで応援したいものです(売れ行き好調らしいです)


『葬儀よ、永久につづけ』ディヴィド・プリル著
赤尾秀子訳、'98/1/30、東京創元社、2300円
粗筋:
 幼い頃から葬儀関係の雑誌を読み、遺体防腐処理(エンバーミング)数の
世界記録を樹立する事を夢みていたアンディ・アーチウェイは、サニーサ
イド葬儀社の辣腕スカウトに見いだされ、資格を取るため葬儀大学に通う
ことになる。新入生として挫折と苦悩の日々を乗り越えたアーチウェイの
前途には洋々たる未来が開けているように見えたが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 無理矢理分類すれば、歴史改変ものかなぁ。葬儀がビジネスとして花形
で、エンバーミングの技術をきそう競技がアメフト並の人気を博している
世界。それ故、年間最多遺体防腐処理記録を更新することが人生の目的に
なっていても可笑しく無いという世界です。
 まあ、よくもこんなへんてこな話を思いついたものです、ユニークとい
う点では抜きん出ていますね。


『敵』筒井康隆著
'98/1/30、新潮社、2200円
粗筋のようなもの:
 75歳の元大学教授渡辺儀介は、20年前妻に先立たれ現在は一人で都内の一戸
建ての旧家に住んでいる。在職中の専門は西洋演劇史で、著作には三巻から成
る専門書があった。退職直後にはけっこうな収入となる講演依頼が多数あった
のだが、最近それもほとんどなく退職金も目減りして、儀介は生活費が無くな
ると同時に死にたいものだと常々考えているのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 主人公である儀介の細々とした生活と亡妻・友人・親戚・教え子の思い出を
描くことによって、避けられない死という<敵>の存在を浮かび上がらせた渾
身の傑作です。いま現在の筒井康隆さんにしか書けないこの本は、これから老
境を迎えようとする(人間なら誰でもそうなのですが)人には必読書でもあるで
しょう。"ウィリアム・バロウズ=アメリカの筒井康隆"論というのがありまし
て、私はこれに感銘を受け、バロウズが自作を朗読するLPを借りてきたりし
て、なるほどなるほどと納得しているのですが、この本は筒井康隆版の「死者
の書」であると同時に、死を笑い飛ばすバロウズの『ウェスタン・ランド』と
同じく、歳を取るのもあながち悪いことだけではないなぁという感想を抱かせ
る傑作と言えますね。


『タイム・クラッシュ(上・下)』岡本賢一著
'98/1/31、朝日ソノラマ、各490円
粗筋:
 殺されたボスの復讐のために、銀河辺境の小王国に襲撃をかけたジョル・ジャ
ルガンは、腕の立つ用心棒リリフェイや、偶然居合わせた女性ミルと共に、突発
的な時間災害<タイムハザード>に巻き込まれてしまう。本来の時間線からはじき
出された彼らは、未来から過去に及ぶ様々な模造時間の世界で、元の世界に戻ろ
うとする。そして、彼らの真の使命は、四年後に銀河を救うあのリナの命を助け
ることだった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ソノラマから出版されている著者の《銀河》ものの一冊ながら、他の作品とは
違いちょっと毛色の変わった作品です。フォークの柄の部分にあたるのが本流歴
史線とすると、先の枝分かれした部分が、本流から派生した模造時間というアイ
デアが面白いです。それと、その模造時間を定着させる能力をもった登場人物た
ちが活躍するというのも(主人公のジョルもその一人)
 作者も後書きに書いているように、ちょっとディックを連想さす悪夢の世界の
扱い方も手慣れたものです。


『ループ』鈴木光司著
'98/1/31、角川書店、1600円
粗筋:
 かつて人口生命プロジェクトの研究員で現在は大学教授の父親と、ネイティブ
アメリカンの伝承に詳しい母親に育てられた馨は、両親の愛情を一身に受け育っ
ていた。まだ十歳ながら、特に父親とは自然科学の分野でお互いを認め合う間柄
であった。ある日、馨は重力異常の分布図と長寿村のある場所が奇妙な一致を見
るのを発見した。それがこれから始まるカタストロフィの前兆とも知らず・・・
 長じて医学生となった馨だが、彼の父親は転移性ヒトガンウィルスに冒されて
しまう。半狂乱になった母親の面倒を見ながら、彼はヒトガンウィルスに対抗す
る手段を模索していく。そして彼の子を宿した年上の恋人もまた・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 いやぁ、SFしてますね〜。『リング』『らせん』とあまりの超自然的な展開
に不満をいだいたSFファンにもお薦めできます。まあラストは『ブレイン・ヴ
ァレー』と同じく、SF的な広がりを予感させながら、極めて個人的に思える結
末に収束してしまいますが、それは無い物ねだりというものでしょう。
 SFマガジンでの対談を読むと鈴木さんは、あまりSFを読んでらっしゃらな
いようですね。今回の場合はそれがかえってさいわいして、このアイデアが生ま
れたんだと思います。SF作家じゃ、こんなに古典的なアイデアをいまさら臆面
無く使えないもんなぁ。


『魔法の猫』ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワ編
深町真理子他訳、'98/2/2、扶桑社ミステリー、667円
 猫そのものを中心にした短編を集めたアンソロジーです。
収録作:
「跳躍者の時空」フリッツ・ライバー
「鼠と竜のゲーム」コードウェイナー・スミス
「魔性の猫」スティーヴン・キング
「猫は知っている」パメラ・サージェント
「シュレディンガーの猫」アーシュラ・K・ル・グイン
「猫の子」ヘンリー・スレッサー
「猫につかれた男」バイロン・リゲット
「生まれつきの猫もいる」テリー&キャロル・ンー
「愛猫家」ノックス・バーガー
「ジェイド・ブルー」エドワード・ブライアント
「トム・キャット」ゲリー・ジェニングス
「ソーニャとクレーン・ヴェッスルマンとキティ」ジーン・ウルフ
「魔女と猫」マンリー・ウェイド・ウェルマン
「古代の遺物」ジョン・クロウリー
「ささやかな知恵」R・シルヴァーバーグ&R・ギャレット
「シュラフツの昼さがり」G・ドゾワ&J・ダン&M・スワンウィック

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SF史上もっとも有名な猫ガミッチが活躍する「跳躍者の時空」を初め
として、猫抜きでは語れない物語を集めた作品集です。ガミッチの出て
くる短編は、猫好きの方には、ははぁと思い当たるところが必ずあるは
ずです。
 一見しただけでも、SF作家、ファンタジー作家の多いことに驚きます
ね。SFと猫好きは、共通項があるのかな。


『ホーリー・ファイアー』ブルース・スターリング著
小川隆訳、'98/2/11、アスペクト、2600円
粗筋:
 西暦2095年、数十年前の度重なる致死性ウィルスの蔓延により、人口は激減
していた。生き残った幸運な人々は、健康に気を遣い、健康であることが社会
的な地位を保証され、みんながこぞって長命処置を受けていた。
 サンフランシスコに住むミアも、その一人だ。彼女は現在94歳、何度かの長
命処置で寿命を延ばしてきた。そんなミアのところに若かりし頃の恋人から、
あの世へと旅立つ前にぜひ会いたいとの連絡が入る。元映画監督の彼と会った
ミアは、記憶の館<メモリーパレス>を遺産として送りたいとの申し出を受ける。
 さて、昔の恋人の葬儀に立ち会った帰り、ミアはデザイナー志望の若い女の
子と出会ったことがきっかけで、最新の若返り処置を受ける事を決意した。
 さあ、二十歳のマヤとして生まれ変わったミアのヨーロッパ遍歴が始まる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 渡欧したマヤが様々な人々との出会いを通して成長していく姿を描いた本書
は、そのまま『異星の客』や『自由未来』などと同じくある種の文明批評とな
っています。厳密にはその時代の人間ではない(94歳だから)マヤが、94年分の
知識を内包して現在(20世紀)とは異質なヨーロッパ世界を放浪する様は、サイ
バーパンク版『ガリバー旅行記』と言えるかも知れません。
 ラストで心温まる啓示が具現されるものの、SFとしてはちょっと喰い足ら
ない面も・・・


『侵略!』井上雅彦編
'98/2/15、廣済堂文庫、762円
 月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第二弾です。
収録作家:
かんべむさし、牧野修、小中千昭、菊地秀行、梶尾真治、大場惑、森下一仁
井上雅彦、草上仁、村田基、山下定、安土萌、斉藤肇、大原まり子、岬兄悟
津原泰水、菅浩江、横田順彌

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 メリル編『宇宙の妖怪たち』、コンクリン編『宇宙恐怖物語』を念頭に置いて編ま
れたというだけあって、SF味の強いホラー集になっています。
 よく分からない恐怖が怖ろしいかんべさんの「地獄の始まり」、シュライクを思わ
せる論理に支配された異形のマシンを描く牧野さんの「罪と罰の機械」、信じがたい
ほどの繁殖力を示す生物との闘いを描く草上さんの「命の武器」、そして極めつけが
菅さんの(説明したらネタ晴らしになってしまう)傑作短編「子供の領分」がお薦め。


『ブギーポップは笑わない』上遠野浩平著
'98/2/25、メディアワークス電撃文庫、550円
第四回電撃ゲーム小説大賞受賞作。
粗筋:
 IDカードによって登下校が管理されている高校で、行方不明者が何人か
出るようになっていた。周囲の異変を察知したときに出現するボギーポッ
プと自称する「正義のヒーロー」を心に宿した少女・宮下藤花と彼女を取
り巻く高校生達は、否応なくこの事件の渦中に巻き込まれていく。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 学園ホラー・ハードボイルドものかな。登場人物五人の視点から描かれ
た連作中編の形式を取っています。キャラの魅力に頼るではなく、きちっ
としたストーリーが書ける人ですね。学園ホラーものとしては恩田さんの
『六番目の小夜子』に匹敵する面白さだと思います。肝心の謎の存在の部
分もけっこうSF的でお薦めできます。良くできたヤングアダルトものは、
むやみに長くないのが良いですね。簡単に読み終わるのですぐ続編が読み
たくなるという。ちなみに現在このシリーズで四巻目まで出ているようで
す。


『虚数』スタニスワフ・レム著
長谷見一雄・沼野充義・西成彦訳、マーク・コスタビ装画、'98/2/25、国書刊行会
 未来において出版されるはずの本への序文集です!
              ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾
『序文』序文集の序文。序文についての蘊蓄が語られます。

『ネクロビア』
 セックスをする人間たちをX線撮影した新しい芸術形式「骨写真集」について

『エルンティク』
 英語を解する(モールスコードで)バクテリアを育て、さらには詩作をするバ
クテリア、ついには未来を予知する(限界があるとはいえ)バクテリアを作り出
した男の話。

『ビット文学の歴史』
 「ビット文学」とは人間の手によらないあらゆる作品のこと。
 コンピュータが綴るコンピュータ文学史といったところ(コンピュータが生み出
す様々な造語のセンスと"とんでも本"にも通ずる超越科学が語られます)

『ヴェストランド・エクステロペディア』
 未来を予測するコンピュータを使って執筆される<もっとも新しい>百科事典の
販売用パンフレット(未来を予想するため、実現可能性が低い項目は、内容テクス
トが急激な訂正を受ける可能性があるため、単語が踊り、文字がかすみ震えたりす
るようです(苦笑)

『GOLEM XIV』
 人智を越えたコンピュータ"GOLEM XIV"による、人類に対する講義録。
「まえがき」「序文」「注意」「GOLEM 就任講義−人間論三態」
「第四十三講−自己論」
「あとがき」(これだけが、"GOLEM"に関わった科学者の回想です)

独断と偏見のお薦め度:う〜ん。
 レム・ファンとか、哲学(宇宙論とかも含んで)マニアには文句無く☆☆☆☆☆
なんですが、一般のハードSFファンには、☆☆☆くらいかなぁ。


『イグニッション』アンダースン&ビースン著
矢口悟訳、'98/2/28、早川書房、1800円
 帯に「ユニヴァーサル映画化」とあります。
粗筋:
 自分の軽率な行動で足を骨折しスペースシャトル《アトランティス》の司令官の
任を解かれた宇宙飛行士アイスバーグは、一人でケープ・カナヴェラルの沼地で発
射を見物しようとケネディ宇宙センターに潜り込んでいた。
 すでに宇宙飛行士達はシャトルに乗り込み、カウントダウン目前の時、テロリス
トの一団が発射管制室のVIPルームを占拠した。人質をとりしかもシャトルの外部
燃料タンクにプラスチック爆弾を仕掛けたというのだ。早速米国政府は特殊部隊を
派遣するが、ライフルやスティンガー・ミサイル等で武装するテロリスト達に手を
出しあぐねていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 SFでもお馴染みの共作コンビの描く冒険アクションもの。
 解説にあるとおり、まさにNASA版『ダイ・ハード』ですね。映画化を意識した分
小説としての面白さがちょっと足りないような気はしますが。


『タイム・シップ(上・下)』スティーブン・バクスター著
中原尚哉訳、'98/2/28、ハヤカワ文庫SF、各680円
 英国SF協会賞、ジョン・W・キャンベル記念賞、フィリップ・K・ディック賞受賞!
粗筋:
 1891年、未来に残してきたエロイ族の少女ウィーナの安否が気になる時間旅行家
は、再びタイム・マシンで未来へと旅だった。その旅で彼は最初の時間旅行では経
験しなかった光景を目にする。なんと地球の自転が操作され、四季の移り変わりや
昼夜の変化までも失われ、驚くべきことには太陽をすっぽり覆ってしまうドームも
建造されたのだった。
 そこで彼は知性が高く希望力的なモーロック族であるネボジプフェルと出会う。
どうやら彼は今回最初訪れた未来とは異なった時間線にやってきてしまったような
のだ・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 『タイム・マシン』の続編という設定を借りて描く、スティーブン・バクスター氏
お得意の壮大な宇宙絵巻。めくるめく華麗なビジョンに虜にされてしまいそうです。
 ハードSFファンなら、読むっきゃありません!普通のSFファンにも大推薦。
 作中に出てくる<建設者>の**は、ひょっとしてジーリーの**なのかなぁという疑
問もあるけど(笑)


『変身』井上雅彦編
'98/3/15、廣済堂文庫、762円
 月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第三弾です。
収録作家:
倉坂鬼一郎、久美沙織、中井紀夫、草上仁、矢崎存美、藤水名子、岬兄悟
牧野修、加門七海、奥田哲也、南條竹則、早見裕司、飯野文彦、江坂遊
齋藤肇、安土萌、井上雅彦、大原まり子、菊地秀行
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 テーマ的にはSFぽいのですが、今回はホラー色が強い作品集となってい
ます。SFファンには、やはり異星の不思議な生態系を描いた草上さんの「い
つの日か、空へ」がお薦めでしょう。奇妙な味の恋愛譚でもあるこの短編は
古典的名作ロジャー・ディーの「いつの日か還る」へのオマージュでもある
ようにも思えました。また女性心理の機微(怖さかも)をついた中井さんの「
きれいになった」、矢崎さんの「生きている鏡」も面白かったです。


『グランド・ミステリー』奥泉光著
'98/3/25、角川書店、2400円
『石の来歴』で芥川賞を受賞した作者のSFミステリ(と呼んでよいものか
どうか。読者の受け取り方次第ですが)いわゆる架空戦記ではありません。
粗筋:
 昭和16年、真珠湾攻撃の直後、空母「蒼龍」に着艦した九九艦爆に搭乗していた
榊原大尉が、操縦席で服毒自殺を遂げていた。親友であった伊号潜水艦先任将校の
加多瀬大尉は、友人の死に疑問を抱いた。榊原大尉の家を訪ね、美貌の未亡人志津
子から夫の死の真相を探る依頼を受けた加多瀬大尉は、海軍上層部が関わっている
らしい研究施設に辿り着く。そこでは、どうも未来を予測する研究が行われている
らしいのだ。
 一方、加多瀬大尉の妹範子は、とある貿易商に見初められてお見合いをすること
になる。その男は、加多瀬大尉が辿り着いた謎の研究施設と深い関わりがあった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 芥川賞作家であり、SFファンでもある作者の歴史改変ものと言っても良いでしょ
う。普通のミステリ小説は、謎が提出され、その解決へと収束していくのですが、
奥泉さんの場合は、謎に対する複数の解釈が等価な形で提出され、どれもがリアリ
ティあるものとして描かれている点がSF的だと思います。旧仮名遣いで書かれた「
『我が輩は猫である』殺人事件」でも感じたのですが、格調が高く一見取っつきに
くい感じのする文章なのですが、読み進むにつれて気にならなくなって、その世界
に没入できます。海外作家で言うと、『Xのアーチ』のスティーヴ・エリクソンあ
たりに近しいかなぁ。私は前作が「我が輩・・」だっので、夏目漱石がSFを書いた
ら、こんなのになるのかなぁと思って読んでしまいました(笑)


『地球最後の日』フィリップ・ワイリー&エドウィン・バーマー著
佐藤龍雄訳、'98/3/27、創元SF文庫、620円
 ジョージ・バル監督のあまりにも有名な古典的名作SF映画『地球最後の日』
原作の完訳版。
 '33年の作品ですから、全体的な古めかしさは否めませんが放浪惑星との衝突
で壊滅が避けられない文明の断末魔の様子がクールにしかもリアルに描かれてい
るに驚かされます。
 と言うことで、独断と偏見のお薦め度は、☆☆☆☆。
 SFファンなら避けては通れないSFの古典ですね。


『スロー・リバー』ニコラ・グリフィス緒
幹遙子訳、'98/3/31、ハヤカワ文庫SF、840円
粗筋:
 近未来のイギリス。汚水処理技術で大富豪となった一族の末娘ローアは、なに
不自由なく育ったが、18歳を目前にしたある日、誘拐されてしまう。さほど高額
ではない身代金が支払われなかったため、死の恐怖を感じたローアは、誘拐一味
の男の一人を殺して脱出するが、深手を負ってしまう。激しい雨の中で道ばたに
倒れているローアを助けてくれたのは、ハッキングを生業とする女性スパナーだ
った。殺人を犯したため警察にも行けず、まして身代金の支払いを拒否した家族
のもとにも帰れないローアは、スパナーの手助けで、新たな生活を始める。
 スパナーとの違法行為を繰り返す生活に倦み、まっとうな手段でお金を稼ごう
とローアは、身元を偽って下水処理場で働くようになるのだが、そこは利益追求
が第一で・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 未来の下水処理システムがとてもリアルでよく考えられてますね。SF的な興味
は、まさにこの点に尽きると思います。また、もと大金持ちの娘であるローアが
全てを無くして、裏の世界で金儲けをし、やがて良く知った下水処理技術の知識
を駆使して難関に当たるところなどは、わくわくさせられました。フェミニズム
SFにありがちな、イデオロギーに固執するあまりお話としての面白さがないがし
ろにされていることもないので、安心して読めます。
 ☆一つ減点したのは、登場人物のキャラクターはかなり書き込まれているもの
の、どうしてそういう行動に至ったかという動機付けの部分が弱かったからです。
 普通のSFでは、そうした点は全く気にならない(むしろ不要と思うこともありま
す)のですが、こういう作品では、ちと物足りないかなと思いました。


『重力から逃れて』ダン・シモンズ著
越川芳明訳、'98/3/31、早川書房、2300円
粗筋:
 かつて着陸船ディスカバリー号に乗船し、月面に一歩を記したことのある
リチャード・ベデカーは、現在はNASAを辞し、航空宇宙会社に勤務する身だ。
 しかし、長年連れ添った妻は新しい生活を求め、彼の元を去り、息子もま
た悟りの道を開くべくインドへと旅だった。
 昔、一緒にアポロに乗り込んだ仲間たち−月軌道に留まったトムは、神の啓
示を受けたと言って、福音協会を始めた。ディヴは、その経験を生かし下院議
員となっていた。
 以前の生活の充実感がないベデカーは、震度を手始めとして自分探しの旅を
始めるが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFじゃないです。ホールドマンの『ヘミングウェイごっこ』がSFじゃな
いのと同じくらいSFじゃない。けど、SFマインドはあります。やはり、何
を書かしてもシモンズ氏は巧い。最近では、シャイナーの『グリンプス』が、
やはり自分を捜す物語(音楽が題材でしたが)でしたが、これもまた人生の微
妙な時期に達した中年男性の心の動きの描写が巧みで、面白く読めました。


『イエスの遺伝子』マイクル・コーディ著
内田昌之訳、'98/3/31、徳間書店、1800円
粗筋:
 2002年、人間の遺伝子を全て解析する機器の共同開発でノーベル賞を受
賞することになったトム・カーター博士とジャスミン・ワシントン博士は、家
族共々授賞式の会場から出てきたところを狙撃される。弾丸は友人で元FBI
捜査官のジャック・ニコルズがカーターを突き飛ばしたため、彼には当たらず
隣にいた愛妻オリヴィアの頭蓋を貫いたのだった。
 亡くなった愛妻は検死の結果、彼の母親の死亡原因である脳の悪性腫瘍に犯
されており、狙撃にあわなくとも余命幾ばくもなかったのだった。娘の遺伝的
欠陥を暗示する事実に、さっそく娘のホリーの遺伝子を解析したカーターだっ
たが、その結果は、1年以内に発病する確立が99パーセントと出た。彼と研
究者仲間は、本来の仕事と同時にホリーの治療法の探索を始めます。
 一方、カーター博士の暗殺に失敗した狂信者の団体ブラザーフッドは、聖な
る炎が示す期日中に、新たな救世主を見いだすことに遺伝子分析装置を利用で
きると踏んでカーターに協力を迫ってきます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 子供のためには法を犯すこともものともしないカーター博士にアメリカ人の
父性を感じました。帯には『ジュラシックパーク』と『レイダース/失われた
アーク』が出会った傑作サスペンスとありますが、どちらかというと『レイダ
ース』寄りの作品でしょうね。生化学的にはちょっと変な記述もあるのですが
まあ、ストーリー展開上の必要悪でしょう。また暗殺者マリア・ベナリアクは
カーター暗殺中止を命ぜられるのですが、あくまで“神を汚す者”抹殺に邁進
する様は鬼気迫ります。この本で一押しのキャラです。


『こちら異星人対策局』ゴードン・R・ディクスン著
齋藤伯好訳、'98/3/31、ハヤカワ文庫SF、680円
粗筋:
 <異星人対策局>の三等事務官補であるトム・ペアレントは、ある日局長から
特命を受ける。なんと惑星オプリンキアからのお客様を接待してくれというこ
とだった。この接待の成果如何で、人類の銀河評議会への加盟の道も開けるか
も知れないと言うのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 '95年の作品ですが、内容とか雰囲気は'50年代のユーモアSFののりです。
 キース・ローマとかポール・アンダースン氏のユーモアSFがお好きな方に
お薦めします。地球での接待に成功した夫妻は、やがて銀河系の他の星系で
のもめ事の解決まで頼まれるようになるのです。


『伝説の船』アン・マキャフリイ原案、ジョディ・リン・ナイ著
島田洋一訳、'98/4/17、創元SF文庫、860円
『魔法の船』続編。
発端:
 前作でキャリエルとケフのコンビが見いだした"玉蛙"種族が、母星に帰還する
にあたって彼らに移送依頼が舞い込んだ。彼らの母星クリディでは、50年前から
宇宙計画が全て失敗しており、それに何か原因があるに違いないと考えられてい
た。彼らの宇宙進出を阻んでいるのは、果たしてあの伝説の船なのだろうか。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ほとんど『歌う船』の面影はありませんね。まあ著者が違うんだからしょうが
ないけど。お話は確かに巧いので、時間つぶしには最適で、RPGケームのお好
きな方には特にお薦めです。


『戦闘機甲兵団レギオン(上・下)』ウィリアム・C・ディーツ著
冬川亘訳、'98/4/30、ハヤカワ文庫SF、各巻640円
粗筋:
 数千年後の未来。銀河へと広がった人類帝国の辺境星域が、突然異星人に
よって侵略される。圧倒的な軍事力の前に、人類側の応戦は蹴散らされ、全
ての星域で人類は殱滅さ黷トいった。次々と上官が死んでいったために急遽
司令官となったナタリー大佐は、異星人フサダ人との交渉に臨むが、会談は
決裂してしまう。
 一方地球では、フサダ艦隊の侵攻を前に、撤退して専守防衛を唱えるスコ
ラリ提督の策謀により、レギオンのモスピー将軍は投獄されてしまう。
 そして強大なフサダ艦隊を阻むものは、レギオンの本拠惑星アルジェロン
を残すのみになった・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆1/2
 『サイティーン』のようなポリティカルSFがお好きな方にはお薦め。こう
いった政治絡みのパワーゲームの話は、どうも私の性には合わないのです。
 題名からしてメインは、サイボーグ外人部隊レギオンのはずなんですが、
活躍のシーンが少ない。一方の目玉となるフサダ人も、人類とは全く異なる
思考回路をしているという設定のわりには、勇気を重んじていたりしてあま
り異星人らしくない。せいぜい地球の未開地で独自文化を持った種族程度の
違いでしか在りませんな。魅力的なのは、惑星アルジェロンのネイティヴで
あるナー族。一応レギオンと敵対しているのですが、戦士同士心の奥底では
尊敬しあっているという設定になっています(白人vsインディアンの図式が
モデルかもしれませんね)


『ラザロ・ラザロ』図子慧著
'98/4/30、集英社、1900円
粗筋:
 外資系製薬会社に勤務する廣田はもと水泳部の後輩宮城と共に、遺伝子治療
によって末期癌患者を完治させていた研究所の捜索を命じられる。その病院で
アメリカの研究所から帰国した倉石という分子生物学者が、画期的な遺伝子治
療を開発したのだが、脱税疑惑が途端となった捜査で彼は失踪を余儀なくされ
研究所も不審火により閉鎖され、その研究成果も行方知れずとなっていた。
 そんなおり、指名手配中の倉石から製薬会社にある取り引きが持ちかけられ
る。その取り引きとは、50億円で遺伝子治療の研究を譲り渡すというものだっ
た。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 冒頭から出てくる班猫という謎のフリーターの存在が魅力的ですね。
 企業内の権力闘争やアメリカ本社で挫折を味わった廣田の造形、倉石の死生
観などをミステリアスな語り口で描き飽きさせません。
 ミステリ+企業小説+医学SF+恋愛ものという欲張った構成。


『ゲノム・ハザード』司城志朗著
'98/4/30、文藝春秋、1333円
粗筋:
 賞を取り充実した新婚生活を送っていたイラストレーターの鳥山敏治は、結
婚して初めての誕生日に、妻の美由紀と自宅でささやかな誕生パーティーを催
す約束をかわして家を出た。やんどころ無い事情で深夜帰宅してみると、居間
の照明は消え、代わりに17本のキャンドルが灯っていた。不審に思った鳥山が
部屋を探すとそこには妻の死体があった。その時、妻自身の声で電話が掛かり
鳥山と会話し不在の理由を釈明する。では一体この死体は誰なんだ。その時、
混乱する鳥山に追い打ちをかけるように、玄関のチャイムが鳴らされ、刑事の
来訪が告げられる。しかたがなく二人の刑事を通した鳥山だったが、居間にあ
った妻の死体は忽然と消え失せてしまっていた。さらにそこへ「彼らは警察の
人間ではない。あなたを誘拐するのが目的だ」という電話がかかるに及んで、
鳥山は二人の目を盗んで逃亡してしまう。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 追われる鳥山を助ける謎の女性千明が魅力的ですね。普通だと二人の立場は
逆の設定が多いのでしょうけど、読ませます。意識や記憶に混乱が起こり、自
分のアイデンティティに不安を覚えるというのは、東野圭吾さんの『パラレル
ワールド・ラブストーリー』でも描かれた主題ですが、上手く描かれるとメタ
フィクションに劣らない、読み手の存在をも危うくするような効果が出せます
ね。話の面白さだけなら、星四つの価値はあるのですが、医学的な謎解きがあ
まりに無茶なので、半分減らしました。


『リングワールドの玉座』ラリイ・ニーヴン著
小隅黎訳、'98/4/30、早川書房、2000円
 地球から248光年の彼方、幅が約地球127個分で、直径が地球の公転軌道とほぼ同じ
という超巨大環状世界、リングワールド第三作(面積は地球の約300万倍)
 前作では、力学的に不安定なリングワールドの危機を救ったルイス・ウーとクジン
人ハミイーは、パペッティア人<至後者>と別れて新たなる探索に出発した・・・
粗筋:
 ルイス・ウーが旅に出てから11年、リングワールド上では、頭蓋骨が小さいため
知性を持たないと考えられている吸血鬼が急速に勢力を伸ばしていた。彼らは、性
的欲求を高めるフェロモンを分泌し相手をおびき寄せ、油断しているところを餌食
にするのだ。彼らに対抗して<機械人間>や<草食巨人>さらには<赤色人><落
ち穂拾い>そして<屍肉食い>たちが大同団結して闘おうとしていた。
 一方ルイス・ウーとハミイーの息子<侍者>は、<至後者>と契約を結び、再び
リングワールドを守るために立ち上がった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 前作までのリングワールドに関する謎解きは終わって、新たな冒険が始まってい
ます。今回の目玉はなんといっても、吸血鬼一族vsその他の人種連合軍の闘いでし
ょうか。その中でも<赤色人>夫婦の活躍が光りますね(この種族だけが、配偶者
以外とシャスラをする習慣がない)
 また、プロテクター間の争いも興味を引かれるところです。
 歌い上げないラストはちと物足りないですが、続編が書かれるので、このような
終わり方をしたのなら、納得できる範囲です(続編がなかったら許さへんぞ)


『猫曼魔』図子慧著
'98/5/10、小学館キャンバス文庫、514円
粗筋:
 小劇団『猫曼魔』の座長御子柴は、劇団を維持する費用を捻出するために
ピザ屋でバイトしていた。ある日、歩道橋の上で口裂け男に遭遇した彼は、
通行人が頭をかじられるのを目撃し、自身も指を咬まれてしまう。事件の直
後、被害者だけでなく、なぜか加害者も死んでしまい、未知の感染症の存在
が疑われたため、御子柴も警察から追われる羽目に。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 『猫曼魔』の劇団員の人を喰ったキャラクター設定が笑えます。デブで料
理好きのおかまの役者とか、ホラーを書いてもギャグにしかならない劇作家
とか。最近はハードカバーの書き下ろしが多い図子さんですが、少女小説が
元々のフィールドだそうで、のびのびと書かれてますね。


『悪魔の発明』井上雅彦編
'98/5/15、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第四弾です。
収録作家:
篠田真由美、小中千昭、牧野修、横田順彌、井上雅彦、霧島ケイ、山田正紀
我孫子武丸、大場惑、岡本賢一、森岡浩之、芦辺拓、斉藤肇、岡崎弘明
ラジカル鈴木、友成純一、田中文雄、安土萌、梶尾真治、菊地秀行、堀晃
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 題名通りマッド・サイエンティストものということで、SFぽい作品が多く
なっています。SF作家の作品は、山田さんの「明日、どこかで」大場さんの
「よいこの町」岡本さんの「果実のごとく」森岡さんの「決して会うことの
ないきみへ」梶尾さんの「断頭台?」など。とくに好きなのは火浦さんのみ
のりちゃんを彷彿させる老博士が出てくる岡崎さんの「空想科学博士」、堀
さんの「ハリー博士の自動輪−あるいは第三種永久機関」です、この第三種
というところがすごいアイデアですね(茫漠)


『名古屋の逆襲』高井信著
'98/5/15、双葉社、514円
 '87年に徳間より出版された『名古屋1997』の改題版
粗筋:
 2157年生まれの戸田恵介は、会社の研修としてタイムマシンで
1997年の東京で一ヶ月を過ごすことになった。しかし、気が付い
た恵介が到着したのは悪名たかい名古屋であった^^;
 実は、1992年に名古屋は、「排他都市宣言」をして、他の都市
と最小限の交流しか認めないようになっていた(もちろんドラゴ
ンズの試合は別である)
 こうして、恵介は、いやおうなく名古屋弁の勉強を始め、よそ
者と見破られないようにするために苦心惨憺するのであった。

 で、名古屋弁のオンパレードです^^;
 最後の落ちも名古屋弁がらみ。
 ちなみに高井さんの処女作だそうです。
 無条件に笑える本をお探しの方にお薦めします(笑)


『日がわり一話』『日がわり一話 第二集』眉村卓著
'98/5/20、出版芸術社、1400円
 眉村さんが病気の奥様のために毎日1本のショートショートを>書かれ、
97年の7月に書き始められたということです。
 本書には、その膨大なショートショートのうち49編が>収録されていま
す。一日一話ですので玉石混合ですが、感動なくしては読めませんでした。


『たましいの生まれかた』三浦俊彦著
'98/5/26、岩波書店、1500円
メニュー:
【たましいの気づきかた】バーバー「やすらぎ」
【たましいの鍛えかた】パロール九段
【たましいの試しかた】心霊派革命
【たましいの選びかた】どんぐりとやまとだましい
【たましいからの逃げかた】シンメトリック
【たましいの巻き戻しかた】ラジオドラマのための「難破」
【たましいの比べかた】おれと和幸の一夜
【たましいだけの叫びかた】再生倫理学

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 <たましい>を主人公にした八つの短編集。主に雑誌『へるめす』に掲載
された文芸作品を元に構成されています。う〜ん、日本の主流文学の最先
端もなかなか捨てたものじゃありません。というか、先鋭化してくるとSF
の形態をとらざるを得なくなると言いましょうか。SFファンには、超能力
を扱った「心霊派革命」や臓器移植を扱った「再生倫理学」がお薦め。
 しかしもやはりこの本の白眉は、新しい文学形式を扱った「パロール九段」
でしょう。将棋の対局形式をとり、棋譜読み上げの女流棋士に、指し手の
魂が憑依し、駒の移動と共にストーリーが展開していくという前代未聞の
短編です。新形式の芸術を扱ったSFというと真っ先に思い浮かぶのが、や
はりバラード氏の『バーミリオン・サンズ』まさに、これに匹敵するだけ
の密度を備えた作品だと思います。
 新しい芸術形式に興味のある方は、炎の彫刻家の出てくるカー氏の『聖
堂都市サーク』、神林長平さんの『言壺』、菅浩江さんの連作短編《博物
館惑星シリーズ》などもお薦めします。


『マウント・ドラゴン(上・下)』ダクラス・プレストン&リンカーン・チャイル
ド著
中原尚哉訳、'98/5/30、扶桑社ミステリー、上610,下629円
粗筋:
 世界をのバイオ・テクノロジー業界をリードする企業ジーンダイン社に勤務する
研究員ガイ・カーソンは、ニューメキシコの砂漠に置かれた世界最高の遠隔試験施
設マウント・ドラゴンで働くことを社長自ら要請される。人工血液ピュアブラッド
の発売を目前に控えたジーンダイン社だが、内情は火の車だった。社に莫大な利益
をもたらしてきた病気に強い玉蜀黍の特許の期限消滅が迫っていたのだ。そしてこ
の施設では、人類がインフルエンザに罹らなくなってしまうように遺伝子情報を書
き換えてしまう特殊なウィルスを開発していた。しかしそのインフルエンザ・ウィ
ルスに人の遺伝子を組み込んだベクターは、何故か人間にとって致命的だった。
 一方、神をも恐れぬ遺伝子操作に反対の立場をとるハーバート大教授レバインは、
謎のハッカーの助けを借りて、ジーンダイン社社長に闘いを挑んでいた。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 迫真のバイオハザードものです。特にマウント・ドラゴンでの研究の様子はリアル
に描かれていて薄ら寒い思いをするほどです。日本では『ブレイン・ヴァレー』と
かがそれに当たりますが、極限状態の人間を描く舞台には最先端科学研究所ほど相応
しいものはありませんね。
 これが面白かった方には、ちょっとホラー色が強くなりますが、同じコンビの描く
『レリック(上・下)』『地底大戦 レリック2(上・下)』もお薦めです。こちら
の相手はウィルスではなくて、神話上の猛獣ンブーンですが。


『タイムクエイク』カート・ヴォネガット著
浅倉久志訳、'98/5/31、早川書房、1900円
 断筆宣言前の最後の作品(となるか?)
粗筋:
 時空連続体に突然生じた異常<タイムクエイク>により、万物が2001年から1991年
に逆戻りした世界。そこでは、次に起こる出来事を知っていながら、自分の行動を
寸分たりとも変えることが出来ないのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 あのキルゴア・トラウトが狂言回しの役を務める小説とエッセイが渾然一体とな
った混合作品。ストーリー性を無視した構成と展開と人類に対する愛情溢れるお説
教は晩年のハインラインの作品を、死を意識したユーモア溢れる饒舌さはW・バロ
ウズを思い起こさせます。まあ私自身は、よりSF色の強い初期の傑作『タイタンの
妖女』とか『猫のゆりかご』の方が好みではありますが。


『終末のプロメテウス(上・下)』アンダースン&ビースン著
内田昌之訳、'98/5/31、各780円
粗筋:
 超巨大タンカーが、到着を目前にしてゴールデンゲートの橋脚に衝突、サ
ンフランシスコ湾に原油が大量に流出する。タンカーの保有主であるオイル
スター社は、マスコミの非難をかわすために、開発中の原油を食べる微生物
プロメテウスを限局的に使用することを決断した。しかし、このバクテリア
は、原油だけでなく、ガソリンも食べはじめ、アメリカは大混乱に陥る。さ
らに原油から製造されたプラスチックまでも分解し始めるに及んで、世界中
が大混乱に陥ることに・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 この共作コンビお得意のパニックもの。前半は、いかに現代文明が石油と
石油製品に依存しているか伺える恐い展開で面白いです。後半になると、悪
い冗談で任命されたとしか思えない新大統領と、全権を委任された将軍対文
明復興に携わる科学者集団の闘いの様相を呈してきて、単なるアクションも
のになっているのがちと残念です。私感ですが、このコンビのハードSFファ
ン向けお薦め度の順に作品を並べると・・・
『星界への跳躍』=『無限アセンブラ』>『臨界のパラドックス』>『終末
のプロメテウス』=『イグニッション』
 関係ないのですが、似た設定のブラウンの短編「ウェヴェリ地球を征服す」
は、電気を喰う異星の生命体のために、全く電気が使えなくなった世界を描
いていますが、なんだかほのぼのとしていて、とても好きなんです。


『狩人たち』薄井ゆうじ著
'98/6/5、双葉社、1800円
粗筋:
 妹尾樹林は、外界からエアウォールで隔絶された実験都市<タヒチ>に住む
15歳の少年だ。彼は、清潔(ピュア)であることが第一義とされているこの'90
年代を模した実験都市で、本物の鼠をみつけた。このうわべは'90年代だが、
合成食料を食べ、遺伝子改良によって出来上がった特殊なペット飼っている
無菌都市で、野生の鼠が居るはずがないのだった。それと時を同じくして樹
林がリーダーを勤める暴走族<狩人>のメンバーが不思議な人影を目撃する。
その人影を追跡した樹林は、外界から来たと主張する少女と出会った。外部
から、この閉鎖系に入る道があるとすれば、ここから出る手段もまた在るは
ずだ。そう考えた樹林は、<タヒチ>からの脱出を切望するようになる。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 現実を再構築する作家薄井ゆうじさんの意欲作です。明らかに著者が'94年
に取材に行ったアリゾナのバイオスフィア2がモデルと思われる<タヒチ>の
設定も魅力的ですね。二万数千人が暮らす無菌都市からの脱出そのものが樹林
少年の成長の物語となっています。ネタ晴らしになるのであまり書けませんが
なぜ<タヒチ>のような実験都市が全世界に数百カ所も作られたのか、そうして
この実験都市の未来はどうなるのかにちょっとした仕掛けがしてありその謎解
きも面白かったです。



『そして人類は沈黙する』デヴィド・アンブローズ著
鎌田三平訳、'98/6/25、角川文庫、840円
粗筋:
 大学で人工知能の研究をしている女性科学者テッサは、経験をプログラム
に活かし反応ネットワークを自分で構築する画期的なAIのプログラムを開
発した。しかしテッサとの対話では、まだ唯我独尊的なこのプログラムの一
部が、ふとしたことで、電話回線を通じて外部に漏れてしまう。
 一方、Internetを使って標的とする女性のデータを得て、その女性を何人
も殺害してきた異常者は、おのが力に酔っていた。しかしFBI捜査官とコンピ
ュータに詳しいその弟の働きでだんだん追いつめられていく。
 そうして、この流出した秘密プログラムが、犯罪者とコンタクトした時・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ベイリーの『ロボットの魂』と『ヴァレンティーナ』と切り裂きジャックも
のを一緒にしたような作品です。けっこう楽しめたのですが、SF味は薄いかも
知れません。殺人鬼と暴走AIをくっつけるアイデアは良いのですが、どうも犯
罪ものの方に展開が引っぱられているような気がします。自己意識を持ったプ
ログラムは魅力的なのですが、登場シーンが少ないし・・・


『夜来る[長編版]』アシモフ&シルヴァーバーグ著
小野田和子訳、'98/6/26、ハヤカワ文庫SF、920円
 アシモフ氏が亡くなる('92)直前に、シルヴァーバーグ氏によって書かれた
短中編の長編化の第一作('90)。『停滞空間』('91)、『バイセンテニアル・マ
ン』('92)
粗筋:
 六つの太陽が空を巡る惑星カルガッシュ。この世界では一瞬たりとも太陽の
光が途絶えたことはなく、人々は暗闇というものを知ることなく進化してきた。
 サロ大学の精神医学教授シアリン501は、ある調査を依頼された。それは、市
が開催した百年記念博覧会場の闇を体験できるアトラクション<謎のトンネル>参
加者の中に精神に異常をきたしたものさらにはショック死したものが出たので、
その継続の可否を判断して欲しいというものだった。
 一方、同じくサロ大学の考古学教授シフェラ89は、人里離れた半島で、既知の
ものとしては人類最古のベクリモット遺跡の発掘に当たっていたが、砂嵐のため
一時退避を余儀なくされる。しかし砂嵐が去った後、彼女の見つけたものは、何
層にも及ぶ、有史前の遺跡だった。
 また、サロ大学天文学科の大学院生ビーネイ25は、コンピュータが出したカル
ガッシュの真の軌道が、万有引力理論から予想される軌道と微妙にずれているこ
とに気づき慄然とする。
 ビーネイの友人である有名な新聞記者セリモン762は、あと十四ヶ月で闇が来た
り星々があらわれて全カルガッシュが炎につつまれると予言している<黙示録>を
教典とする<炎の使徒>最高位者と会う約束を取り付ける。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 アシモフ氏の古典的名作を膨らませ、中編版「夜来る」のその後とも言うべき
第三部「夜明け」を付け加えた、シルヴァーバーグ氏の力作。ストーリー展開は
あくまで古典的で、違和感は全然ないですね。ほんと、巧いなあ。知らない人が
読んで、'40〜'50年代の名作古典だと言われたら信じてしまうほど。
 最近のSFは分かり難いとお嘆きの諸兄にお薦めの一作。


『ツイン・ヒート 暴走!甲蟲都市ゴーザム』岡本賢一著
'98/6/30、ソノラマ文庫、490円
粗筋:
 ライバル関係にあるふたつの国、アーとウーオンで二人の少女が徴用された。
 一人は、戦闘甲蟲を操る能力を持つシャル、もう一人は強化された肉体を持つ
戦士リリー。同じ目的−甲蟲都市ゴーザムの暴走を止めるために二人は徴用され
たのだ。ゴーザムは、生きている巨大甲蟲(幅800m,長さ1000m)の上に位置する小
都市で、噂ではかつてそこから持ち去れた技術で、アーの国は戦闘甲蟲を操る方
法を、ウーオンの国は肉体を強化する秘薬を手にしたと言われていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 巨大甲蟲が暴走して、その進路上にある二つの国が滅茶苦茶になりそうという
設定が人を喰ってますね。暴走する甲蟲都市の元ネタは、ひょっとして『逆転世
界』なのかなぁ。《ディアス・シリーズ》で何光年にも及ぶ超巨大宇宙船(?)を登
場させた作者らしい奔放なアイデアですね。シリーズ化を考えているようですが、
もう少し魅力たっぷりの悪役の登場が待たれるところです。


『水妖』井上雅彦編
'98/7/15、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第五弾です。
収録作家:
朝松健、篠田真由美、村田基、加門七海、田中文雄、岡本賢一、安土萌、
中原涼、草上仁、松尾未来、早見裕司、村山潤一、山田正紀、皆川博子、
南條竹則、菅浩江、ヒロモト森一、津原泰水、江坂遊、奥田哲也、森沙子、
井上雅彦、竹河聖、倉阪鬼一郎、菊地秀行、ヴィヴィアン佐藤

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/3
 水そのものとそこに棲む妖しい存在がテーマのアンソロジーです。SF
ファンには、草上仁さん、山田正紀さん、菅浩江さんの作品が楽しめる
と思います。


『ガリバー・パニック』楡周平著
'98/7/21、講談社、1600円
粗筋:
 突如発生した未曾有の暴風が関東地方を襲った翌朝、千葉の海岸に突
如身の丈100mはあろうかという巨人が現れた(正確には倒れていた)前代
未聞の怪事件に、政府も大慌てで対応に追われ、自衛隊が出動する事態
となる。しかしあろうことかこの巨人は「昭和34年博多生まれの上田虎
之介」と名乗り、博多弁を喋る「熊田工務店」の社員ということもわかる。
この害意を示さぬ巨人に自衛隊と政府は困惑し管轄官庁を押しつけ合うが、
やがて巨人を巡って意外な事態に・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 国際謀略小説『Cの福音』でデビューした著者の寓意小説。SF度はあ
まり高くないですが、昔の筒井康隆さんの疑似イベント小説を読むよう
な味わいがあり、楽しめました。気のいい巨人と自衛隊員、煮ても焼い
ても喰えない政治家の対比が上手くいかされていますね。


『神の目の凱歌(上・下)』ニーヴン&パーネル著
酒井昭伸訳、'98/7/24、創元SF文庫、上740円,下800円
 '74年(邦訳78年)出版のニーヴン&パーネル共作の最初の作品『神の目
の小さな塵』(当時ハインライン氏をして「最高のサイエンス・フィクシ
ョン」と言わしめた)の続編

粗筋:
 3017年のファースト・コンタクト以来、異星人モーティーの侵入を恐れる
人類帝国は、艦隊による赤色巨星中に存在する唯一のジャンプポイント封鎖
を続けている。これまでのところ、多くのモーティー船が出現してきたが、
総て葬り去られていた。しかし封鎖後、四半世紀過ぎた頃より何の装備もな
い"張りぼて船"ばかりが現れるようになってきた。いったいモーティーの世
界で何が起こっているのか。
 そんな時、かつて<マッカーサー>が送信し今まで埋もれていた観測データ
から、近々にも新たな原始星が点火し、モーティー世界からの別のジャンプ
ポイントが出現しそうだという怖れが出てきた・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ファーストコンタクト・テーマの傑作と言われ、魅力的な異星人モーティ
ーを登場させた前作に比べると、宇宙戦闘シーンの大立ち回りは興味深いも
のの、SFとしての面白さにはちと落ちるかも知れません。まあこれは、私が
架空戦記物にあまり惹かれるものを感じないのと同じ原因なのでしょうが。
裏返せば、政治的パワーゲームのやり取りがお好きな方には、大推薦という
ことですね。定評ある二人の共作ですので、冒険ものが好きなハードSFファ
ンにも当然のお薦めです。


『書物の王国2 夢』東雅夫、須永朝彦編
'98/7/25、国書刊行会、2200円
 様々な夢をめぐる短編を集めたアンソロジー
収録作:
「童話風な」佐川ちか、「果樹園」ディラン・トマス、「ゆめ」中勘助、
「初夢」多田智満子、「夢」カフカ、「夢野」『摂津風土記』逸文より、
「死後」芥川龍之介、「夢の朝顔」『兎園小説』より、「夢の体」津島祐子、
「帰途」清川卓行、「夜のバス」石川喬司、「夢の話」谷内六郎、
「竜の道」天沢退二郎、「蟻の穴の夢」千宝『捜神記』より、「幻しの幼児」ラム、
「夢」三橋一夫、「死の刻限」アベル・ユゴー、「夢」トゥルゲーネフ、
「『人生』という名の家」サヴィオニ、「たった一人」宮部みゆき、
「ギルガメッシュとエンキドゥの夢」『ギルガメッシュ叙事詩』より、
「ヤコブの夢」『創世記』より、「ヨハネト=ラハイのこと」ダンセイニ、
「<病める紳士>の最後の訪問」パピーニ、「円環の廃墟」ボルヘス、
「夢ちがえ」澁澤龍彦、「夢の検閲者」筒井康隆、「悪夢志願」花輪完爾、
「夢の姿」宮城道雄、「睡眠中の現象若干について」ノディエ

 資料的な価値もある一冊。
 子供を亡くした母親の悲哀をストレート(?)に描いた「夢の体」は泣かせますね。
またハインラインやスタージョンにも通ずるところのある筒井さんが同じテーマ
で描いた「夢の検閲者」は、やはり凄いです。


『ベクフットの虜』野尻抱介著
'98/7/25、富士見ファンタジア文庫、560円
クレギオン・シリーズ第七弾
粗筋:
 星から星へ渡り歩くお馴染みミリガン運送。今回の仕事は、とある機材を軍の
戒厳令下にあるベクフット星に届けること。ただでさえ綱渡り的操業状態に加え
て、今回はメイの心配性の両親が仕事ぶりを見に来るというのだ。その結果如何
によっては、メイは親元に帰らなければ行けなくなる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ある条件下でないと花を付けないベクフット星の海の植物。その花を付ける条
件とは?この設定が良いですね。しかも、この星の近所で謎の艦隊消失事件が起
こっていたりします(ここらのミステリタッチもいい味出してます)ラストの小さ
な水槽から大宇宙を俯瞰するシーンは、裏庭から宇宙の広がりを連想させるシマ
ック氏に似て、SFの醍醐味と言えると思います。


『ドードー鳥の飼育』薄井ゆうじ著
'98/7/30、集英社、1700円
収録作:
「ドードー鳥の飼育」「東京フラミンゴ」「箱女システム」「A級ハムサンド」
「穴」「ぽ・先生」「無人駅長」「時間喰い」「眠れない街」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 薄井さんの'93〜'98年に雑誌掲載された短編を集めた短編集です。東京でフラ
ミンゴがトイレの販売をするというすっとぼけた「東京フラミンゴ」をはじめ、
優しさと奇想に溢れた作品群です。薄井さんの描く主人公は、不条理な事態に陥
っても、焦ることなく優しさを失わず自己ベストを尽くそうとする前向きな姿勢
が魅力的ですね。
 入学式の時初めてであった時から生徒を虜にしてしまい「普遍的な量子力学の
実験」によって、体が打ち上げられエメラルドグリーンの粒子となって全世界に
降り注ぐまでを描いた「ぽ・先生」が一番印象に残りました。


『ダーク・シーカー』K・W・ジーター著
佐田千織訳、'98/7/31、ハヤカワ文庫SF、740円
粗筋:
 かつて精神分析の権威ワイルを中心としたワイル・グループは、<ホスト>と
呼ばれる精神共有作用を持つドラッグに耽溺し、次々と無惨な殺人事件を繰り返
し、ついには逮捕されてしまっていた。かつてグループのメンバーの一人だった
マイクは、ドラッグ影響下の犯罪ということで、今は仮釈放中の身分だ。彼は今
でも続くドラッグの作用を発現させないために、毎日決められた時間に薬を服用
していた。そんな彼に元妻リンダから電話がかかってくる。なんと二人の間にで
きた一粒種がかつての仲間に誘拐されたというのだ。しかし息子は既に死んだは
ず。リンダが狂っているのか、それとも本当に息子は生きているのか。マイクの
必死の捜索が始まった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 全体にジーター氏らしいおどろおどろしい雰囲気が溢れてますね。しかし、精
神共有作用を持つという<ホスト>の作用がいまいち理解できないのが難点。
『ドクター・アダー』にあった、あの刺すような毒気が足りないのかな。まあ、
ホラーとして読めば不満も出ないかも。


『彗星狩り(上・中・下)』笹本祐一著
上巻'98/2/28中巻5/31下巻7/31、上中巻490円下巻550円、ソノラマ文庫
星のパイロット2
粗筋:
 彗星捕獲に乗り出したニュー・フロンティア社。土星軌道以遠で熱反射処置の
ためのアルミニウム蒸着に成功するものの、太陽活動活発化に伴い彗星が分裂、
捕獲が困難になったため株が暴落、倒産してしまった。そこで考え出されたのが、
有人宇宙船を飛ばし、最初に辿り着いたものがその彗星の権利を全て得るという
競争だった。この権利を得た者は、宇宙空間での水資源確保にくさびを打ち込め
るため、大金が転がり込むはずだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ちょっと地味目だった前作に比べると一段とスケールアップして楽しめました。
話の進行はちと遅く、中巻の真ん中あたりまでは、宇宙に飛び出しません。
 しかし「旅は計画しているときが一番楽しい」の格言どおり、その細々とした
フライト前の作業こそSFの醍醐味ですね。


『ホログラム街の女』F・ポール・ウィルスン著
浅倉久志訳、'98/7/31、ハヤカワ文庫SF、660円
粗筋:
 うらぶれた私立探偵ドライアーの元に、一人の依頼者が訪れた。ジーン・ハロー
のクローンである彼女の依頼は、行方不明になった元恋人の捜索だった。クローン
は人間以下だと毛嫌いしているドライアーだが、差し出された金貨の魅力と底をつ
きつつある口座残高の恐怖には勝てず頼みを引き受けることになった。情報収集の
ために知り合いの経営する非合法バーに寄った後、再び彼女に会いに出かけたトラ
イアーは、そこで暗黒街の大物ヨコマタの手下に捕まり、手荒く連行された。彼女
も同じ人物を捜しているらしい。いったい奴は何をやらかしたんだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ウィルスン氏のSFハードボイルド。コードウェイナー・スミスばりのラストは、
ちょっと感涙ものかも・・・まあ、ウィルスン氏は、『黒い風』のようなもっと
スケールの大きいバカ話の方が似合っていると思いますけどね。しかし、あちらの
SFでのクローンの扱いは、どうして人間じゃないとか人間以下としてしか描写が当
然だという扱いなのでしょうね。


『レッド・マーズ(上・下)』キム・スタンリー・ロビンソン著
大島豊訳、'98/8/28、創元SF文庫、各巻840円
ロビンソン女史の火星SF三部作の第一弾
粗筋:
 人類は火星への初の有人飛行を成功させ、その後も無人輸送船団で多くの機材
を火星に運んだ。そしてついに2026年、選りすぐりの科学者達百人を乗せた火星
植民船<アレス>が飛び立った。その船内は様々な国の様々な人種の人々がひとま
とめになったごった煮と化していた。途中でちょっとした事故に襲われたことも
あったが、彼らはまずまず無事に火星に降り立ち、惑星探査を進めながら緑化計
画を推進するようになる。しかし、彼らの中でも火星の生態系保存のため、テラ
フォーミング反対派や火星に独自に生命を根付かせようとする人々の集団に別れ
始める。
 急速な植民自体の問題点を置き去りにしたまま、巨大多国籍企業と国連火星事
業部の主導によって植民は、進んで行くが。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 何処を取っても一級のSFです。下は生物学的レベル(火星でも育つ植物の遺
伝子操作)上は軌道エレベータまで、最新の知識を駆使して書かれた火星像は、
SFファンを虜にするでしょう。私には、アメリカ側リーダーと伝説的な宇宙飛行
士とロシア人女性の三角関係とかは、ちょっと余分に感じたのですが、ストーリ
ー展開が上手いのでそれほど気になりませんでした。ま、私のような人にはコロ
ニーの難問解決係こと人間よりも機械が好きなロシア女性技師ナディアに感情移
入して読んでいくと読みやすいと思います。それと訓練担当で後のフォボス代表
のアルカディイも好感が持てますね。


『疾風魔法大作戦』トム・ホルト著、
古沢嘉通訳、'98/8/31、ハヤカワ文庫FT、640円
粗筋:
 スコットランドで発見された遺跡に、ヴァイキングの大型船が完璧な形で保存
されていて、しかもヴァイキングの英雄達も完璧に保存されていたという(笑)
 これを女性考古学者が見つけるのですが、それに一千年前からの仇敵である邪
悪な魔法使いの王が絡んできて巻き起こるてんやわんやといったところ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 雰囲気的には、《ハロルド・シェイ》に似ているかなぁ。北欧神話が下敷きで
ある点なんかも含めて。というわけで、ユーモア・ファンタジー・ファンには大
推薦できます。翻訳も押さえた感じ(自分はにこりともせずに、客を大爆笑させ
るギャグを連発する漫才師といった)で好ましいです。
 乗り乗りの翻訳も嫌いではないですが 。

『凍月』グレッグ・ベア著
小野田和子訳、'98/8/31、ハヤカワ文庫SF、560円
SFマガジン'96/2月号掲載中編。第28回星雲賞短篇賞受賞。
『女王天使』の約一世紀後、ネビュラ賞受賞の『火星転移』の半世紀前の物語。
粗筋:
 2130年代、月は200万の人口を抱えるに至った。義兄のウィリアムは、かつては
貴重な水の宝庫だった<氷穴>を利用し、絶対零度を達成しようと、その制御装
置として量子コンピュータであるQL思考体を使用していた。しかるべき物質内で
絶対零度を達成すれば、時空そのものの性質と関連した物質の新状態が生ずる可
能性があるのだ。そこへ地球から、月世界最初の子供の親になった主人公の曾祖
父母を含む410個の冷凍された頭部が持ち込まれた。これらの頭脳をスキャンすれ
ぱ巨大な有機図書館として利用できる可能性があるのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 ベアファン必読!ハードSFファンにも大推薦。あまりシリーズものを書かない
ベア氏が、このシリーズをこれだけ書いているということは、よほど愛着がある
のでしょうね。『火星転移』と同じく、主人公ミッキーの成長の物語であると同
時に地球と月との緊張関係を描く政治活動の話でもあります。といってもいわゆ
るパワーゲームだけを描いているわけではないので、ご心配なく。


『星界の戦旗2 守るべきもの』森岡浩之著
'98/8/31、ハヤカワ文庫JA、540円
粗筋:
 狩人第四艦隊に所属する<バースロイル>艦長ラフィールは、艦隊司令長官によ
って、またもや領主代行を命ぜられた。ジントと共に惑星ロプナス2へと向かっ
たラフィールだが、そこは<人類統合体>の受刑者惑星だったのだ。

 人気のスペオペシリーズ。今回は惑星上が主な舞台。一癖も二癖もある領民
代表との丁々発止のやり取りが楽しいものになっております。まあ、華麗な宇
宙戦闘シーンは少ないかも知れませんが、ご期待を裏切らないと思います。



『ダーティペア 独裁者の遺産』高千穂遥著
'98/8/31、早川書房、1000円
オリジナル・ダーティペア再び!ケイとユリのコンビがまだ新米の頃のエピソード
粗筋:
 惑星アムニールは、地球連邦から独立したとたん、独裁者アリエフの支配す
る星となってしまった。アリエフは、新憲法を制定し自らが永世大統領に就任
したのだった。しかしその圧制も住民の蜂起によって20年で終わりをとげた。
 しかしアリエフ大統領に忠誠を誓う親衛隊がスペースコロニーにある「黄金
宮」に立てこもり、持て余した革命評議会がWWWAに解決を依頼してきたのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 今回は、ダーティペア前史といったところかな。関わった事件で、大惨事を
引き起こす能力はこの当時からですが(爆)
 彼女たちと常に行動を共にしているクァール族ムギ(『宇宙船ビーグル号の冒
険』)が、いかにして仲間に加わったかが第一の眼目ではあります。


『屍者の行進』井上雅彦編
'98/9/1、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第六弾です。
収録作家:
早見裕司、安土萌、篠田真由美、小中千昭、倉阪鬼一郎、森真沙子、新宮寺秀征、
中井紀夫、江坂遊、かんべむさし、本間祐、加門七海、小林泰三、津原泰水、
北野勇作、村田基、森奈津子、友成純一、岡本賢一、井上雅彦、竹河聖、朝松健、
菊地秀行

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 今回は、テーマがテーマだけに、SFファンにも楽しめる短編が多いようです(笑)
中でも、関西落語を扱ったかんべさんの「壁、乗り越えて」、死んで欲しい他人を
指名できるという理不尽きわまりない制度下のディストピア小説である岡本さんの
「死にマル」、死にかけた男のいまわの際を描いた本間さんの「僕の半分の死」等
がお薦め。


『セレーネ・セイレーン』とみなが貴和著
'98/9/5、講談社X文庫、610円
第五回ホワイトハート大賞《佳作》受賞作
粗筋:
 スー博士が生み出したソフトウェア・ロボット、それがドーンだった。実体が
無く、ネットワーク上で利用者のために自立的に働くエージェントそれが、ドー
ンだ。博士の手によって疑似人格を与えられたドーンは、現時点で世界最高のA
Iであった。月面開発の十五次遠征隊に採用された博士は、そこでドーンを人間
型ロボットに移植することを思いつく。やがてドーンは、そのボディの制作者の
J・Jに特別の感情を持つようになるのだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ロボット物の体裁をとっていますが、実体は世間知らずのお嬢様の悲劇に終わ
る恋物語と言ってよいと思います。もうちょっと、単なるプログラムが意識を持
ち始める過程を描いて欲しい気がします。同じようなテーマの『ヴァーチャル・
ガール』がお好きな方には絶対のお薦め。


『実況中死』西澤保彦著
'98/9/5、講談社NOVELS、780円
神麻嗣子の超能力事件簿2
粗筋:
 ある日、岡安素子は夫の浮気現場に遭遇し、逆上して車を自転車で追いかけた
が、その途中落雷に遭った。それ以後、彼女は誰だかは分からない人物の視覚と
聴覚を共有するようになった。つまり他人の見たり聞いたりすることが、素子に
も体験できるのだ。そのうち素子は、その人物がストーカー行為や、落雷にあっ
て前後の記憶があやふやな時の怖ろしい幻覚−殺人が、現実の出来事であったと
確信するようになった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 超能力者問題秘密対策委員会、略して"ちょーもんいいん"出張相談員・見習い
神麻嗣子が活躍(?)するSFミステリ。キャラの魅力で読ませますが。他の作品と
比べると、ちょっとトリックが弱いかも知れない。そのぶんサービス精神は旺盛
です。
 文中に小松左京さんの『果てしなき流れの果てに』が重厚長大で、それと対比
した作品として『エスパイ』と『継ぐのは誰か?』が、これぞエンタテイメント
のお手本とあるんですが、『エスパイ』はそうだろうけど『継ぐのは誰か?』は
どちらかというと重厚長大路線じゃないかと思うけどなぁ。


『神様』川上弘美著
'98/9/20、中央公論社、1300円
収録作:「神様」「夏休み」「花野」「河童玉」「クリスマス」「星の光は昔の光」
「春立つ」「離さない」「草上の昼食」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 メルヘンというか、なんとも暖かい感じのする川上さん独自の世界です。
 「星の光は昔の光でしょ。昔の光はあったかいよ、きっと」「いくら昔の光が
届いてもその光は終わった光なんだ」なんか切ないですね〜。


『弥勒』篠田節子著
'98/9/20、講談社、2100円
粗筋
 ある日、永岡は勤務する新聞社主催の展覧会のパーティに招かれた妻が身に
つけている美しい櫛に驚きと共に軽い違和感を覚えた。なぜならその櫛、バキ
スム王国の仏像の一部は、国外持ち出し禁止品だったからだ。チベットとイン
ドの緩衝地帯に位置するバキスム王国は、工芸と音楽で観光客を呼ぶ小国だっ
た。「バキスム美術展」開催に奔走する永岡のもとに、かの国では政変が起き、
連絡が取れなくなっているという情報が入ってくる。貴重なバキスム仏を政変
による破壊から救おうと、永岡はバキスム王国に潜入するが、そこは彼の想像
を超えた変貌を遂げていた。やがて革命軍の手に落ちた永岡は、過酷な運命に
もてあそばれる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 その記述の圧倒的なリアルさに、胸が詰まる思いで読みました。失敗するこ
とを運命づけられた実験農場の構成員として囚われの身となった永岡と、無理
矢理配偶者として同衾させられたサンモの暮らしは、まるで著者の体験を描い
たノンフィクションとしか思えませんね。常々本当の幸福とは何かを疑問に思
っている心優しきSFファンにお薦めします。


『殺す』J・G・バラード著
山田順子訳、'98/9/25、東京創元社、1300円
粗筋:
 '88年6月、ロンドン西部の高級住宅地で、わずか二十分の間に、住人
32人が殺害され、13人の子ども達が誘拐された恐るべき事件。その事件
の調査を始めた精神科医グレヴィルは、唯一発見された八歳の少女のあ
る動作から、驚くべき事件の真相に迫る。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 SFじゃないし、ミステリでもないのですが、バラード氏独特のやるせ
なくも不条理極まりない小説です。'96年に出た『女たちのやさしさ』(
岩波書店)よりは、SFファンに近しい作品だと思います。


『屍鬼(上・下)』小野不由美著
'98/9/30、新潮社、上巻2200円,下巻2500円
粗筋:
 特産物が樅の木でつくった卒塔婆と棺桶という回りを樅の林で囲まれた
外場村。この村は、かつては村人全員が檀家だったお寺と代々村長を務め
てきた兼正と通商される竹村家、唯一の病院を経営する尾崎家が御三家と
称され、重要な役割を占めてきた。
 ある日、兼正の先代が急死しその地所に不気味な洋館が建築され、そこ
に正体不明の住人が越してきてから、外場村の悲劇が始まった。村では、
理由が分からない引っ越しや原因不明の突然死と失踪が相次ぎ、それに気
づいた尾崎家の二代目医師や若御院の必死の原因追及にもかかわらず、村
の人口は減っていく・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 緊張感に溢れた完成度の高いホラー小説です。ホラーといっても科学的
常識を無視しているところは無いので、SFファンでも安心して読めると思
います。え〜っとですね、シモンズ氏のホラー小説『殺戮のチェスゲーム』
がSFであるのと同じくらいにはSFしてすま(読んだことのない人には分かり
難い説明ですが)マティスン氏の『吸血鬼』では"吸血鬼だけの世界では、
人間こそが伝説の怪物である"という命題でしたが、『死鬼』では人間と吸
血鬼の差がさらに曖昧になり、人間が本当に人間らしくなると吸血鬼以上
に残酷になるというのが悲しい真実だと言うことが良く分かります。
 本当は、☆五つにしようかと思ったくらい面白かったのですがちょっと
ばかし長いので☆半分減点しました(う〜むほんとにそれでいいのかな。
やっぱり☆五つだな!)


『激闘ホープ・ネーション(上・下)』ディヴィッド・ファインタック著
野田昌宏訳、'98/9/31、ハヤカワ文庫SF、各巻840円
《銀河の荒鷲シーフォート・シリーズ》第3弾
粗筋:
 地球から36光年離れたところに位置する惑星ホープ・ネーションは、そ
の生産の大半を地球に輸出している農業惑星だ。今、この惑星を異星生命
体"魚"の襲撃から守るために国連宇宙軍艦艇が集結していた。そこに地球
から宇宙艦<ハイバーニア>が到着する。艦長はシーフォート、かつてN波
空間航行の出来なくなった宇宙艦<チャレンジャー>と共に、彼らを置き去
りにしたトレメイン提督の罷免のメッセージを携えてやってきたのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 行くところ行くところで、騒ぎを巻き起こすシーフォート宙佐。今回も
名誉を賭けた決闘をやってのけたり、上官の不正を暴いたり、"魚"相手に
大立ち回りを演じたりで忙しいことこの上なし。科学考証もへったくれも
ないご都合主義的なストーリー展開なんですけど、なぜか一気呵成に読ま
せる面白さがあるんです。その面白さは、<ヴォルコシガン・シリーズ>と
双璧をなすでしょう。


『いかづちの剣(1・2)』小林めぐみ著
1巻:'98/6/1、540円、2巻:'98/10/1、620円、角川スニーカー文庫
粗筋:
 銀河全体に広がった、人工知能機械vs人類の激しく長い戦いの後、人類は
疲弊していた。カヌーア星でも、惑星管理コンピュータが反旗を翻し、メガ
ロポリスから人類を放逐し、そこに機械の帝国をうち立てていた。
 少女トワは、その決戦によって父を失い、形見の剣を届けてくれたフィル
とともに暮らしていたが、村を追われ、過去を知るために旅立つ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 オールドファンとしては、ちょっと引いてしまうような表紙なのですが、
ご安心あれ。著者の小林さんは、埼玉大学物理学科卒ということで、しっか
りしたSF的背景を設定してくれています。細かいところ(剣の秘密とか)には
ファンタジー的要素が入ってきていますが、十分楽しめました。このまま書
き続けてくれれば、日本のアンドレ・ノートン女史と呼ばれる日も近い!



『量子宇宙干渉機』ジェイムズ・P・ホーガン著
内田昌之訳、'98/10/2、創元SF文庫、920円
粗筋:
 世界が全面核戦争の危機に直面した21世紀、アメリカでも治安が悪化しつ
つあった。物理学者のヒュー・ブレナーは、最近事実として受け入れられて
きた平行宇宙から、活用できる情報を取り出す研究を続けていた。そのマシ
ン、量子干渉相関機は、量子レベルで複数の平行宇宙の間で干渉が生
ずるのを利用して、有用な情報を収集するのだ。もともとこのアイデアは、
DNA構造がアンテナの役割を果たし、無数の平行宇宙に存在する核酸同士が
コミュニケーションし、その結果生物の進化が起こるのではないかという理
論を裏付けするために開始されたのだった。ブレナーは、研究を続けるなら
国防省の極秘プロジェクトに参加するよう強要され、やむなくロスアラモス
に向かう。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 デイヴィッド・ドイチュ博士の量子計算機の話が出てき、続くテオ教授
の説く多世界解釈による進化論に唖然呆然。まあこのアイデアだけでこの
本を買った価値はあります。真ん中あたりまでは、これぞハードSFって
感じなんですが・・・
 もうちょっとアイデアを掘り下げて、全宇宙を巻き込む騒動に仕立て上
げるか、それとも『時間泥棒』なみに余分な所をそぎ落としてくれたらな
ぁというのは、ホーガン氏に対する無理な願いではないと思うのですけど
ね。


『ヴァスラフ』高野史緒著
'98/10/7、中央公論社、1900円
ヴァスラフ・フォミッチ・ニジンスキー(1889〜1950)キエフ生まれの不出
生の天才ダンサー。パリで活躍。
粗筋:
 二十世紀初頭、ロシア帝国ではコンピュータの性能を限界まで引き上げ
るというオプティカル三次元回路素子を開発していた。そして素子の圧倒
的なパフォーマンスを内外に喧伝するために、人間の全ての動きのヴァー
チャル化を可能としたキャラクタが選ばれた。それが<ヴァスラフ>である。
コンピュータ・ネットワークで繋がれた端末<三次元ゴーグル>で踊るヴァ
スラフは、音楽にあわせて踊るだけでなく、別の場所で踊る生身のダンサ
ーと競演することもできた。ネットワーク上に開設された帝室マリインス
キー劇場で熱狂的な人気を博したヴァスラフの存在は、やがて王女やテロ
リスト、ハッカーをも巻き込んでいく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFファンを驚かせた傑作音楽SF『カント・アンジェリコ』に続く音楽SF。
私はニジンスキーというと真っ先に青池保子さんの『イブの息子達』を思
い出すというバレエに素養のない不届き者なんですが、この作品のヴァス
ラフの存在感には圧倒されました。SF度は高くありませんが、バレエファ
ン、音楽ファンには絶対のお薦めです。


『寝ずの番』中島らも著
'98/10/8、講談社、1500円
 抱腹絶倒の短編集です!
収録作:
「寝ずの番」「寝ずの番2」「寝ずの番3」「えびふらっと・ぶるぅす」
「逐電」「グラスの中の眼」「ポッカァーン「仔羊ドリー」「黄色いセロファン」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 あほらしくもおもろい傑作短編の数々。故人の通夜の席での出来事を描
いた「寝ずの番」連作、おもろいでっせ〜。一番の怪作はクローンネタの
「仔羊ドリー」かな。小説家がおまりの忙しさにクローンを作って自分は
楽をしようと計画するのですが、落ちは少なくとも星さん流では無いこと
は確実です。思わず口をあんぐりすること請け合い。私は『ダガラの豚』
が、らもさん初体験でしたので、こちらの方面の作品を初めて読んだとき
には面食らいましたが、元々はお笑い系統の著作が多い方と気づくのに時
間は掛かりませんでした(笑)


『バビロン行きの夜行列車』レイ・ブラッドベリ著
金原瑞人・野沢佳織訳、'98/10/8、角川春樹事務所、2600円
ブラッドベリ氏の最新短編集('97)
収録作:「バビロン行きの夜行列車」
「MGMが殺られたらだれがライオンを手に入れる」
「やあ、こんにちは、もういかないと」「分かれたる家」「窃盗犯」
「覚えているかい?おれのこと」「くん、くん、くん、くん」
「目かくし運転」「いとしのサリー」「なにも変わらず」
「土埃のなかに寝そべっていた老犬」「だれかが雨のなかで」
「似合いのカップル」「鏡」「夏の終わりに」「夜明けの雷鳴」
「女はつかのまの悦楽」「処女復活」「ミスター・ペイル」
「時計のなかから出てくる小鳥」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 もう相当なお歳のはずなのに、この瑞々しさは何なのでしょう!
 例えば『十月はたそがれの国』に、そっと忍び込ませてみても、何の
違和感もありませんね。サーカスを舞台にした短編、火星へと向かうロ
ケットでの出来事を描いた短編とお馴染みの設定も楽しめます。


『夏のロケット』川端裕人著、'98/10/10、文藝春秋社、1762円
 第十五回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞作品
 帯に、異色の理系青春小説とあります。
粗筋:
 科学部担当記者の高野は、都内で起きた過激派によるミサイル製造過程
での爆発事故を取材するうちに、ある違和感を抱く。そのミサイル制御用
の噴射板の形を昔観たことがあったからだ。かつて高野たち五人の高校生
は、天文部に入部後、ロケット班を自称しモデルロケットの打ち上げに熱
中する。卒業までに周回軌道にロケットを打ち上げようと目論むが、それ
は散々な失敗に終わっていた。

5人のロケッティアたち:
ぼく<高野>:バイキング火星着陸に憧れ宇宙好きに。大学の卒論のテーマは
      「火星文学の系譜」。卒業後、新聞社の科学担当記者となる。
北見    :押しの強い体育会系。大学時代はボート部。卒業後、一流商社
       に入社。宇宙事業本部に配属される。
日高    :独断的で協調性のない性格。大学では工学部航空宇宙学科を専
       攻。修士終了後、宇宙開発事業団の研究者となる。
清水    :物作りが好きな職人肌。大学は材料工学を専攻。修士終了後、
       大手特殊金属メーカーの研究者となる。
氷川    :高校時代の成績はトップクラスだったが、卒業後、コンテスト
       で優勝してロック・ミュージシャンになりミリオンセラー。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 基本的には野尻さんが『ロケットガール』でやっていることを、高校時代の
仲間たちと一緒にやるお話。ロケットの技術的描写は、野尻さんと同等かなぁ
(判断できるほど、私が詳しくないもんで)それとも『月を売った男』に対する
オマージュかも知れませんね。


『スノウ・クラッシュ』ニール・スティーブンスン著
日暮雅通訳、'98/10/12、アスキー出版、2400円
「ネットワーク・サーフィン・ピザ・デリバリー・ボーイ・コム・ハッカー小説」
粗筋:
 マフィアの牛耳るピザの高速配達と、音楽と映画とソフトウェアしか世
界に誇れることが無くなった未来のアメリカ。そこは群雄割拠する多くの
フランチャイズ都市国家でパッチワーク状になってしまっていた。メタヴ
ァースと呼ばれる巨大なVRネットで、日本刀を使う最高の剣士であるヒロ
は、腕利きのハッカーであると同時に、ピザの宅配員でもあった。ある日
ピザ配達の途中でトラブルに巻き込まれた彼は、<特急便屋>のY.Tに助けら
れる。彼女はハイテク・スケートボードによるサーフィンで適当なクルマ
に次々にプーンすることによって交通渋滞をパスし、顧客に荷物を迅速に
届けることを仕事としていた。
 ヒロは、かつての恋人から「レイヴンとスノウ・クラッシュには近寄ら
ないで」とのアドバイスを受けるが、友人がメタヴァースでスノウ・クラ
ッシュにやられ元の恋人も危機に巻き込まれたことから調査を始める。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ストーリーの疾走感、キャラクターの適度な嘘っぽさと格好良さ。90年
代のサイバーパンクと呼ぶに相応しい作品です。メインアイデアの一つで
あるスノウ・クラッシュとはバイナリ・コードであるコンピュータ・ウィ
ルスであるのですがこれが、メタヴァース内だけではなく実際の人間にも
感染してしまうのです。で、その理屈付けのところが正にSFしていますね。
シュメール文明から神話、宗教一般、言語学、チョムスキーまで動員して
の架空理論構築は見事です。サイバーパンクは消えたとお嘆きの方のみな
らず、普通のSFファンにもお薦めできます。


『時空ドーナツ』ルーディ・ラッカー著
大森望訳、'98/10/15、ハヤカワ文庫SF、620円
粗筋:
 コンピュータと多数のロボット達が相互接続した巨大なネットワーク
《フィズウィズ》が世界を支配している未来、仕事も何もかもコンピュ
ータに任せた人類は、あらゆる人生を3Dホロカラーで追体験するドリ
ーマーとしてしか生きる道は無かった。そんなある日、あるドリーマー
が直接《フィズウィズ》との完全接続を生き延びたとのニュースが流れ
る。人間の能力をコンピュータに与えることによって、大きな未来が開
けるかも知れないのだ・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 てなことを粗筋にかいておりますが、ラッカー氏の本が、こんな粗筋
で紹介できるようなモノでないのは、ファンの皆さんがご存じの通り。
退屈なこの世では満足できない主人公が、仮想場発生器を使って、ミク
ロとマクロの宇宙をめぐる冒険に出かけます。まあ、その宇宙の珍妙な
ことといったら・・・
 この中に"循環スケール理論"てのが出てくるんだけど(無限小にする
と実は無限大になっているとか)良く分かりません。著書のノンフィク
ション"Infinity and Mind"にも出ているのだそうだけれども、この本、
オフミで、数学の教授である某氏が持ってきてまして、数学畑では有名
な本なんだそうですね。


『クロスファイア(上・下)』宮部みゆき著
'98/10/30、カッパ・ノベルズ、各巻819円
粗筋:
 夢のなかで青木淳子は、冷たい水が徐々に生ぬるくなってくるのを感じ
た。手のひらが突然熱くなり、黒い水が燃えだした。やばい、と感じた淳
子は飛び起き、身近な可燃物から煙を上げてないか確かめるのだった。淳
子は「念力放火能力」を持つ超能力者で、最近身内に潜む発火能力が徐々
に強まってきたのを感じていた。そうしたある日、発火能力を解放しよう
として訪れた深夜の廃工場で、男が水槽に投げ込まれようとするのを目撃
した彼女は、加害者の若者二人を焼殺してしまった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 著者のことばには『鳩笛草』収録の「燔祭」の続編で、さきにそちらを
読んでおいた方が良いと書かれていますが、SFファンならこの作品だけ読
まれてもそれほど戸惑うことも無いと思います。宮部さんの描く超能力者
は、例えば、アン・マキャフリイ女史のそれとは違って、心に狂おしいほ
どの空白があり、どこか壊れているんですよね。またそれがリアリティと
なって、より真実味が増しているのです。そこらあたりが極めて日本的な
超能力者像と言えるかも知れません。


『アヴァロンの戦塵(上・下)』ニーヴン&パーネル&バーンズ共著
中原尚哉訳、'98/10/30、創元SF文庫、上巻680円下巻720円
 前作『アヴァロンの闇』でグレンデルとの死闘により植民地絶滅の危
機に瀕してから20年後を描いた続編。
粗筋:
 地球から10光年の惑星アヴァロンに160名の厳選された科学者が
入植したが、土着のグレンデルと名付けられた怪物によって本土から離
れた孤島での生活を余儀なくされていた。しかしかつての惨劇を知らな
い若者達は、本土進出を主張し、先代との対立を深める。だがある日、
本土に設けられた唯一の炭鉱施設で謎の爆発事故が起こる。そして第二
世代たちが探検に行った安全そうに見えた本土で、人間二人と犬達が、
一瞬のうちに骨と化す事件
が起こる。いったいこの原因は?また一人生き残った赤ん坊の意味する
ものは何か?

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 特殊な酸化剤を体内に持ち、それを利用して猛烈なスピードで動ける
が、長時間にわたると自らの熱で焼け死んでしまうという猛獣グレンデ
ル。続編ではビーバータイプ、お互い協力し合う雪グレンデル、知性の
萌芽を見せる老グレンデルと様々なタイプも姿を見せます。今回はグレ
ンデルと人間との闘いより、前作でも一部明らかにされたグレンデルの
生態系が一番の読みどころかもしれませんね。ハードSFファンのみな
らず、一般のSFファンにも安心してお薦めできます。


『垂直世界の戦士』K・W・ジータ著
冬川亘訳、'98/10/31、ハヤカワ文庫SF、700円
粗筋:
 <大戦>の後、過去の歴史が失われてしまったいつとは知れぬ未来、人
類はシリンダーと呼ばれる巨大なビルディングの内側の水平な床や、垂
直な外壁で暮らしていた。外壁で暮らす軍事部族に軍事用のアイコンを
デザインすることを生業とするフリーの意匠師であるアクセクターは、
風船エンジェルが上空で交わっていることに気づき、ビデオカメラのレ
ンズを向けた。その画像は高く売れるはずだったが、どこをどうしたこ
とか二束三文で買いたたか
れ彼の預金収支はじり貧状態のままだった。
 ところがある日、彼の元に大きな仕事が舞い込んできた。垂直世界で
No.2の軍事部隊が、彼にアイコンをデザインして欲しいというのだ。し
かしそれは新たな苦難の始まりでもあった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 あのジータ氏の作品ですから一筋縄で行くはずもありません。この舞
台となった世界の設定が明かされることは最後まで無いので、そういう
意味ではSFファンの期待を裏切る作品ではあります。自堕落な主人公、
怪しげな一癖も二癖もある脇役たち、読者を裏切る展開とまさにジータ
氏の真骨頂です。口笛を吹くと垂直な壁をピトンをアンカーポイントに
打ち込みながら疾走してくるサイドカー付きバイク(外壁に生えた植物を
食べて燃料にできる)が魅力的でした。


『妖魔夜行 しかばね奇譚』山本弘・安田均・高井信
'98/11/1、角川スニーカー文庫、500円
シェアード・ワールド・ノベルズ11弾
収録作:「悪意の連鎖」「背中合わせの幸運」「しかばね奇譚」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 山本さんの「悪意の連鎖」は、"不幸の手紙"が繰り返して出されるう
ちに"棒の手紙"へと変化し、その大勢の人の怨みが"棒"を産んで・・・。
不幸と言う二つの字を一つにると、なるほど棒に似ていますねぇ。ハー
ドSFも書かれる山本さんらしい発想かな(どこがなのじゃ〜>自分)
 安田さんの「背中合わせの幸運」は、幸運の女神を探す男が陥った蟻
地獄とは・・・(ブラックジャックのシーンなんかは、さすがと思わせます)
 高井さんのは、幻のミステリ「屍奇譚」を探すミステリ評論家と作家
たちの、ライバー氏の『闇の聖母』を思わせる話です。本の精なんて、ち
ょっとだけ見てみたいですね、取り付かれるのは嫌だけど(笑)


『チャイルド』井上雅彦編
'98/11/1、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第七弾です。
収録作家:
矢崎存美、朝松健、山口タオ、南條竹則、篠田真由美、田中文雄、萩尾望都、
安土萌、奥田哲也、飯野文彦、竹河聖、岡本賢一、森奈津子、齋藤肇、
宇野亜喜良、本間祐、江坂遊、太田忠司、岬兄悟、高瀬美恵、山田正紀、
久美沙織、菊地秀行、井上雅彦

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 田中さんのイタセクスアリス「母の再婚」、あの萩尾さんの「帰ってく
る子」(もちろん漫画です)、岬さんの「インナー・チャイルド」あたりが
お薦めかな。個人的には、菊地さんの「去りゆく君に」が一番気に入りました。

 『WATCHMEN』writer:ALAN MOORE,illustrator:DAVE GIBBONS
'98/11/15、メディアワークス、3800円
'88年度ヒューゴー賞受賞作品であるアメリカンコミック『ウォッチメン』
の日本語版
粗筋:
 もう一つの世界(アメリカ)の'85年。かつて活躍したウォッチメンと呼ば
れるヒーロー達は、条例によりヒーロー行為が違法とされたため、普通の人
間に戻って日々を送っている。元々ヒーロー自体が飽きられてきたことに
加えて、素粒子実験の際に一度は肉体を失いながら、自らの精神力のみで
人体の分子を再構成し復活を遂げ、神にも等しい能力を獲得したDR.マンハ
ッタンの存在が、普通のヒーローたちの存在意義にとどめを刺したのだ。
 DR.マンハッタンのおかげで、世界には様々な革新技術が溢れるようにな
ったが、人々は漠たる不安を抱きつつ暮らしていた。ある日、政府の管理
下に入ることで、生きながらえていたベテランヒーローのコメディアンが、
転落死を遂げた。彼の死に疑問を抱いたアウトロー(政府非公認)のヒーロ
ーロールシャッハは、捜査を開始する。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 漫画とかコミックは原則として取り上げないつもりだったのですが、
ヒューゴー賞受賞の傑作とあっては、紹介せざるを得ません。米ソ間の
緊張が現実のものだった'80年代に書かれた作品ですので、やや現実と
即してない面もありますが(そもそも別の世界の話ですけど)人類の危機
感はそのまま現代にも当てはまる気がします。大まかに言うと主要スト
ーリーは、ヒーロー殺しの黒幕は誰か・その動機は?の謎解きと、神に
も似たDR.マンハッタンは何故政府の走狗となっているのか?の疑問です
ね。非合法の存在になり果てたヒーロー達の存在意義を問うことによっ
て、本当の正義とは何か、崇高な目的のためには手段を選ばなくても良
いのかと問いかけているように思います(政府間の問題だけではなく、個
人の問題としても)まあ画自体は日本の漫画の方が綺麗で上手いと思う
のですが、これだけ根元的な問いかけと洞察に基づいて書かれた漫画は、
日本でも珍しいと思います。


『天才アームストロングのたった一つの嘘』ジェイムズ・L・ハルペリン著
法村里絵訳、'98/11/25、角川文庫、1000円
粗筋:
 人工授精で生まれたピート・アームストロングは完全記憶の持ち主で、
しかも天才であった。彼が五歳の時に目前で起きた弟の殺害時件は彼の心
に大きなトラウマとして残った。幼くしてハーヴァード大学に入学したピ
ートは、そこのセミナーで学友と議論するうちに、100%の確率で嘘を見破
ることの出来る<トゥルース・マシン>の開発こそが、この世界を一変させ
うることに気づいた。やがて彼と友人達は、会社を興しトゥルース・マシ
ンの開発に乗り出すが、邪な心を持ったかつての知り合いが彼の会社に近
づいてくる・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 トゥルース・マシンそのものは、2024年に完成・発売されたという設
定なのですが、その開発過程もさることながら、それが世界に及ぼす影
響についての細かな考察が読みどころですね(なんと世界政府が実現しち
ゃいます)荒削りながら、かつてのSFが持っていたエネルギーを感じさせ
る秀作でした。ま、途中で出した伏線らしきものが、いつのまにか消え
てしまっているところとか、ご愛敬はありますが広く一般にも薦められ
るSFだと思います。


『カルタゴの運命』眉村卓著
'98/11/25、人物往来社、2800円
「歴史読本ワールド」→「歴史読本」に掲載されたものに加筆推敲
粗筋:
 フリーターの松田裕(31)は、アルバイト誌のちょっと変わった求人広
告に引かれて、人間文化研究所に出かけるが、そこの入り口にはなんと
ポール・アンダースンの『タイム・パトロール』が何十冊も積み上げら
れていて、それを読んだ感想を書くように求められる。SFものが嫌いで
はない松田は、どうにか感想文をものにして、応接室に通され、そこで
とあるプロジェクトが補助用員を募集していることを知らされる。そし
て、過去のある地域に赴いて、彼らの手助けをしてくれるよう要請され
る。その地域とは紀元前のカルタゴであった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 掲載雑誌からもお分かりのように歴史解説がだいぶ書き込まれた歴史改
変SFです。導入からラストまで、『タイム・パトロール』をお手本にして
そしてさらに厳密な歴史改変のルールを設定した読み応えのある一冊。か
なりの大作なので、どなたにでもと言うわけではありませんが、世界史に
興味がある方には大推薦できます。


『奇跡の少年』オースン・スコット・カード著
小西敦子訳、'98/11/25、角川文庫
粗筋:
 18世紀末、北米大陸はヨーロッパ諸国の植民地として分割統治され、多
くの移民達が新しい土地を目指して西部へと向かっていた。森には精霊が
宿り日常的に呪いや魔法が行われていた。この世界で、七番目の息子のそ
のまた七番目の息子として生まれたアルヴィンは、生まれながらにして世
界を変える力を持った存在であった。彼の成長とともに、彼の身辺では神
秘的な出来事が頻発するようになっていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 まだ始まったばかりのカード氏の大河ファンタジーです。カード氏です
ので面白さは保証付き!基本的には、魔法が使える世界を舞台にした"もう
一つの世界もの"と言えますが、まだその差違はそれほど多くないので、小
説に溶け込みやすいと思います。


『ダスト』チャールズ・ペルグリーノ著
白石朗訳、'98/11/30、ソニー・マガジンズ、1800円
 『ジュラシック・パーク』の"琥珀中に閉じこめられた蚊から得られる
恐竜の血液から、クローンを作り上げる"というメインアイデアの提唱者
が描く、一大バイオ・サスペンス小説。
粗筋:
 それはニューヨーク州のロングアイランドで始まった。ある夜、黒くて
小さな大量の"埃"の絨毯が人を襲い、人間を瞬く間に白骨死体と化してし
まったのだ。正体は異常発生した千億匹ものダニの集団であったが、この
事件を皮切りに、西では腐食性バクテリア、インドでは穀物を食い尽くす
菌類、カリブでは人間を襲うチスイコウモリが異常発生していることがわ
かってくる。いったいこれらの異常事態の同時発生原因は根本は何なのか?
どうやったら、このいったん始まってしまったサイクルを巻き戻すことが
出来るのか、科学者たちの努力が始まる・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 海洋学者で、実現可能な恒星間宇宙船のアイデア提唱者でもある著者の
資質が遺憾なく発揮された生物学的カタストロフィー小説。ちよっと八面
六臂すぎて、整理されてないエピソードもあるのはご愛敬。フレデリック・
ポール氏とかラリイ・ニーヴン氏でも、生物(医学)的に見たら?と思わ
れる記述がでてくるのですが、ペレグリーノ氏は工学・医学両方に通じて
いるのだからたいしたものです。
 太陽系が銀河系の公転軌道平面と3300万年ごとに交差することによって
生ずる種の絶滅の繰り返しとか、狂牛病を起こすプリオンのさらなる変異
などのアイデアの洪水を楽しみつつ、いかに著者が人類を絶滅(もしくは
救う)かを楽しめれば細かい愚痴は引っ込むというものですね。小松左京
さんの『復活の日』をさらに大仕掛けにした感じと言えば、雰囲気的に合
っているかな。ジョン・バーンズの『大暴風』が面白かった人には絶対の
お薦め。ハードSFファンも、安心して著者の壮大な仕掛けを楽しんで下
さい。


『肉食屋敷』小林泰三著
'98/11/30、角川書店、1300円
収録作:
「肉食屋敷」SFマガジンの"巨大怪獣の咆哮"特集刊に所載。題名通りの話です。
「ジャンク」『屍者の行進』所載。作者の悪のりが楽しめるSFウェスタン話。
「妻への三通の告白」ある女性を深く愛しすぎてしまった男の話。
「獣の記憶」多重人格物かな。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 大阪大学工学部出身の小林さんは、中編集『玩具修理者』とか『人獣細工』
を読むとお分かりのように、SFホラー小説というべき作品も数ある作家です。
根底に理科系魂(なんだそれは>自分)があるので安心して読めます。


『青猫の街』涼元悠一著
'98/12/20、新潮社、1500円
日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品
粗筋:
 '96年10月、池袋に本社のあるソフト開発会社で働くシステムエンジニア
である僕は、先任のSEで辞めてしまったために、助っ人としてあるプロジェ
クトに駆り出されていた。残業が続くある日、Aの母親からの留守電が入っ
ていた。それによると、ちょっと親しかった高校の時の同級生Aが居なくな
ってしまったので、事情を聞かせて欲しいというみのだった。部屋には旧型
パソコン一台を残しただけのその失踪ぶりに、僕は疑念を抱き、調査を始め
る。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 Internetとその裏サイトが舞台のミステリタッチの本です(というか設
定がちょっとファンタジーがかってます)偶然知り合った私立探偵のオジ
サンと、お手の物のネットサーフィンを駆使して、秘密に迫る様が良く
描けていて、楽しく読めました。まぁ、その秘密自体が、ちょっと弱い
気はしますけど。


『鍋が笑う』岡本賢一著
'98/12/24、朝日ソノラマ、1700円
 他に、「背中の女」「リアの森」収録。表題作が事実上のデビュー作
 第13回**ファンジン大賞受賞!(「宇宙塵」掲載)
 (**は、適当な文字を入れること。と、後書きに書いてある。 **と銘
打って出すと、売れないんだそうです。悲しい。)
表題作粗筋:
 株式会社オガミのアズマ係長代理は、ある日旧タイプの植民惑星に輸
出された自社の鍋を回収することを命ぜられる。なんとその原因は、鍋
が笑うからというのだ。仔細を知らされず惑星に赴いたアズマは、そこ
で鍋たちが、住民を助け彼らにとってなくてはならない存在になってい
ることに気づいていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ディッシュの『いさましいちびのトースター』と似た趣のある寓話小
説。銀河冒険紀とは又ちがった著者の一面がのぞけるハートウォーミン
グな中編集に仕上がっております。




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